ラブ・ミー・テンダー 1
◇ トワイライト・ゾーン ◇
岸谷宅にいつものメンバーが顔を揃えるのは、セルティがホームパーティーを開いた時か、帝人に不測の事態が生じた場合のどちらかだ。…今では、そんな認識が定着して久しい。
仲間達と団欒するひと時が楽しくて堪らないらしく、彼女は事ある毎に何かと口実を設けては、皆を居宅に招きたがる。
ついこの間、帝人の誕生祝いで集まったばかりだというのに、それから数日も経たぬうちに、今度は『せっかく子供たちが連休に入るのだから、盛大に観桜の宴を張ろうじゃないか』と音頭を取って、またぞろ一席設ける意向を伝えてきた。
(いい加減、新羅が迷惑がるんじゃないかと気兼ねしたが、「皆が帰った後は淋しくなるみたいで、僕が抱き付いても怒らなくなるから、是非!彼女の遊びに付き合ってやってくれ」と歓迎されたので、遠慮なく押し掛けて、夫婦水入らずの時間を邪魔してやろうと思った。)
帝人が下校中に不可思議な奇禍に見舞われさえしなければ、今頃は予定通り催された晩餐会で、手間暇かけて用意してくれた心尽くしの手料理を、皆で堪能してた筈だった。
今日は終業式だけだから、学校から帰ったら即行で岸谷宅へ向かって、セルティと一緒にご馳走を作るのだと、帝人は朝からとても張り切ってた。
「首が無いセルティさんには、料理を口にしてもらう事はできないけど…。饗膳の楽しみ方は、舌で味わう事だけじゃないですものね」
味覚は無くても視覚はあるから、見た目に可愛い飾り巻きや手毬寿司も作って、旬の食材で《春》を満喫して貰うのだと、含羞んだ笑みを浮かべて楽しそうに話してた。
結局、帝人の抱いていた慎ましやかな計画は、花びらに誘われて立ち寄った神社で、プチ神隠しに遭ってしまった為に、次回への持ち越しを余儀なくされてしまった訳だが…。
(仕事中に、おまえが「桜の樹に喰われた」と紀田から連絡もらった時は、一体何事かと思ったぞ。)
とにかく現場に行ってみようと、回収もそこそこにトムと駆け付けてみれば、境内には園原からの救援要請を受けたという、セルティの姿が既にあった。
紀田と同じく、園原の方も相当気が動転していた様で、セルティが見せてくれた着信メールの画面には、帝人が桜木の中に消えた直後の狼狽っぷりが顕著に窺える、入力ミスだらけの謎の暗号文が支離滅裂に踊ってた。(…コレを解読できたセルティは、ある意味すげぇと、本気で感心した。)
――まぁ、それはさておき。
神隠しの珍事自体は、あらゆる境界が曖昧になる黄昏時に、同じ桜木の樹幹から、忽然と帝人が出現した事により、幽玄たる神秘性を秘めたまま、一応の解決を見るに至った。
万一に備えて待機していた新羅が、その場でざっと診察して、帝人の無事を確認する。
「血圧、体温、共に異常なし。脈拍と呼吸も安定してるし、掠り傷ひとつ負ってない。意識は無いけど、気を失ってるというより、ただ眠ってるだけみたいだから、余り心配しなくても大丈夫だと思うよ」
念の為に暫く様子を見るから、「うちのマンションへ運んでくれ」との主治医の指示に従って、渡草のワゴン車に乗せられた帝人は、新羅が連れ帰って、今夜の打ち上げ会の準備が整うまで、そっと寝かせておいてやる事になった。
一旦解散してそれぞれの所用を済ませてから、改めて岸谷宅へ再集合する方向で、皆の予定も纏められる。
「俺は、落着した旨を報告がてら、ちょっくら事務所へ顔を出してくるが…。静雄、お前は同行しなくて良いから、目を覚ました時、みーくんが安心できるように、そのまま傍に付き添っていてやれ」
そう告げて、夕映えに染まった神社を後にしたトムに続いて、門田も「一度うちへ帰って、明日の段取りを親父と相談してくる」と簡潔に断りを入れて、放り出してきた仕事を片付けに戻っていった。
「そんじゃあ、オレと杏里は、カバンを置いて私服に着替えてから、マンションの方へ行きますんで」と、セルティに軽く会釈して、紀田が園原を促して家路を辿る。
渡草は、付き添い役を仰せ付かった静雄が抱きかかえた帝人と、家主の新羅…ほか1名(てめぇは、あくまで“オマケ”だ、臨也!)を岸谷宅まで送った後、スーパーで鍋の材料を購入するついでに、出来合いのオードブルとデザートを適当に見繕ってる《買い物係》の遊馬崎と狩沢を迎えに、元来た道を引き返していった。
(料理担当の帝人が無念にもリタイアとなってしまった為、結局、今夜のメインは無難な鍋に落ち着いた。市販の鍋つゆを使うらしいから、味付けが心許ないセルティ達だけでも、まぁ、何とか大丈夫だろう。…園原が、妙な隠し味を加えようとさえしなければ…多分。)
エレベーターで階上へ向かい、一足早くバイクで到着していたセルティに『ここを使え』と案内された客室で、静かに《眠り姫》の目覚めを待つ。
シワになるからと制服を脱がせ、セルティが用意してくれたルームウェアに着替えさせても、よほど眠りが深いのか、寝台へ横たえた帝人は目を覚ます様子を見せなかった。
(無意識に俺の気配を感じて安心してくれてたのかも知れないが、肌を露わにされても全く起きない隙だらけな熟睡ぶりに、幾ら何でも油断し過ぎだと、少しだけ真剣に危機感を覚えた…。)
その後、時計の針がふた回りするまでの間に、仲間達がパーティーの準備を進める傍ら、すやすやと眠る帝人のあどけない寝顔を眺めに、入れ替わり立ち替わりやって来たが、どれほど枕元を賑わせようとも、帝人の堅固なスリープモードが解除されることは無かった。
たとえ神隠しに遭って疲れた身体が、暫しの静養を欲していたのだとしても、少し休めばそのうち自然に起きるだろうと、誰もが信じて疑わなかっただけに、帝人が一向に眠りの淵から浮上しない不測の事態は、大いに皆を慌てさせた。
「え、えぇええ〜っ?ちょっ…何だよ、帝人ぉ。単に眠りこけてただけじゃなくて、実は昏睡状態に陥ってました!とか言っちゃう?言っちゃうのか!?…マジで洒落になんねぇから、勘弁しろって〜っ」
「起きて下さい、竜ヶ峰くん。早く起きないと、カレーの隠し味にチョコレートを加える感覚で、今夜のお鍋に、苺ジャムを投入してしまいますよ。良いんですか?」
「うげっ…起きろ、帝人!頼むから、起きて、杏里の暴走を止めてくれ〜っ!!」
ふざけてるんだか本気なんだか分からない必死さで、紀田と園原が熱心に呼び掛けたが、ぐっすり寝入ったままの帝人は、何の応えも返さない。
あたふたと狼狽えたセルティが、懸命に仰臥した身体を揺すってみても、尽力虚しく帝人の意識は戻らなかった。
途方に暮れるセルティの肩に優しく手を置き、おもむろにアンプルを1本取り出した新羅が、「僕に任せて」と、自信ありげに切り札の《気付け薬》を嗅がせてみたが、皆が期待した反応はさっぱり見れず仕舞いで、一同から「役立たず」のブーイングを浴びせられる。
作品名:ラブ・ミー・テンダー 1 作家名:KON