瀬戸内小話1
酒
酒は嗜む程度でよい。
深酒は思考を鈍らせ、人を狂わせる。
故に、我の卓に酒は置かせない。
しかし、この鬼はひどく酒を好む。
ひとりで飲むのではなく、大勢の者達と共に飲むのが好きだという。
我には理解できない。
「寂しいな」
時折、酔狂な鬼に付き合って月見酒をすれば、こう言い出す。
「静かな酒も悪かないが、アンタの酒は寂しすぎる」
「……我は酒など好まん」
それにフンと鼻を鳴らし、鬼は杯を空ける。
「ちっとは、アンタの兵士たちと、酒を飲んだらどうだい。見えないもんが見えてくるぜ?」
「必要ない」
我の杯には、満ちし酒。ゆるりと揺らすと、零れ、掌を濡らす。
「……我は、それを必要としない」
くるりと杯を傾ければ、板目に沿って透明の液体が流れて行く。
「勿体ねぇ」
「我はそうは思わぬ」
「……だから、アンタは寂しいのさ」
月を映した酒をまた飲み干して、笑う。
「いい加減にしろ。貴様の戯言に付き合う気はない」
濡れた手を払い、滴を飛ばす。その手を、鬼は楽しげに取ると口を寄せた。
「……それでも、アンタはオレの酒には付き合うんだな」
赤い舌が、ちろりと肌を擽る。
「ただの、気まぐれだ……」
「そうか。じゃあ、気まぐれの続きといこう」
鬼がまた笑う。
何が楽しいのか、我には理解できない。
ただ、袖口より這い上がる熱が心地よいことだけは我にも理解できて、黙って目を閉じた。