瀬戸内小話1
膝枕
かつて、戦場で何度か戦った相手だ。
小競り合いまで数え出せば、両の手に余るほど。
この細面が捻り出す智謀の数々に、幾度はらわたを煮え繰り返したことだろう。
この男の犠牲となって散った武士たちのことを思えば、許してはならぬ相手のはずだ。
だが、この男が兵を生きた部下と見ずに駒と見る、その理由を察したとき、痛ましいことだと同情した。
以来、オレはこの冷酷な王を斬れずにいる。
柔らかな髪を梳くと、小さく唸った。
だが、まだ起きる気配はない。
「アンタは、情が深いからな」
氷の面ですべてを覆い隠し、誰も彼も遠ざけて、ただ、毛利を守る道具となることを選んだ人。
海に囲まれた島国、四国と違い、中国は東西に敵を持つ。
倒されたくなければ倒すしかない。
誰からも侮られることなく、侵されることもなく、そこに在り続けるために。
毛利元就は、弱小であった毛利家を率い、当代きっての大名家に育てあげた。その重責は、一人で抱えるには重すぎる。
だから、彼は心を閉ざした。
「そんなに無理をするなって、言ってやりたいけどよ」
腰を曲げ、無防備な目尻に唇を這わす。
「疲れたら、いつでも言いな。膝枕くらいしか、してやれないけどよ」
すべてを隠したこの男が、唯一、衣を脱げるのは同じ立場のオレの前だけ。
選んだ道はまったく違うけれど、この孤独は理解できる。
「……アンタに甘えられるのは、悪くない」
額に、頬に、触れてゆけば、気だるげな手が邪魔をする。
その指先も、触れ。
らしくもない言葉を呟いた。