瀬戸内小話2
花見月
「狂い咲きにしちゃ、豪勢だな。……悪くねぇ」
郡山城の一角、昔からそこに根を張る山桜。それがまだ冬の最中だというのに花をつけた。
あまりよい兆しとも思えぬが、この吉田の地をずっと守ってきた大樹だけあって切るのもなにやら申し訳ない。
だから結局、古桜は放置されたまま城の者たちの目を楽しませている。
「……貴様はそう言うと思った」
おりしも四国から珍しい客人が来たということで、早い花見の席を設けさせた。一瞬、眉を顰めた家臣らだが、鬼の歓迎なのだ。酔狂が過ぎたほうが、似合いであろう。
「そうか? せっかくこんな寒い季節に咲いたんだ。褒めてやらなゃ、かわいそうだろ」
さっそく根元に座ると、持参の包みからあれこれと取り出す。侍女らが酒や肴やらを持ってくる際、渡してやる土産だろう。
まめな男だとからかったこともあるが、この男の性質らしい。物を与え、喜ぶ様が見るのが本当に好きなのだと。
じっと見ている様に気づいたのだろう。鬼はにやりと笑う。
「あんたに似合いの瑪瑙もあったんだが……」
「いらぬと言っている」
そう、酔狂なこの男は、人に似合いだといって飾り玉やらなにやらを一時持参してきた。今は亡き大内の殿ならばともかく、我にはそのようなもので飾る趣味はない。
「分かってるよ。だから、あんたにはこれだ」
声を上げてひとつ笑うと、鬼は笹の葉の包みを投げ寄越す。
「花見をするなら、必要だろ?」
柔らかなそれを受け取った我と、包みとを指差し、またひとつ笑う。
「……貴様にしては、気が利いておる」
包みを解くまでもない。この中に入っている物は察しがつく。去年、我が気に入ったのを覚えていたのだろう。鬼の持参したものの中で、おそらく一等に我が気に入ったものだから。
「じゃ、褒美をくれよ?」
鬼が手を付き、身を寄せる。仕方のない奴だと笑うと、包みを置く。
「桜餅ひとつで、いかほどの褒美が欲しいというのだ?」
「あんたの好物だろ。中国の主がケチケチするんじゃねぇ」
もう待たないと、もう一方の手で人の顎を取る。偶の逢瀬だ。こう逸る鬼は嫌いではない。
触れる唇。いつもこの男との接吻は酒の匂いがする。くすり笑うと、すぐ傍の隻眼が細められた。
「……花を愛でるってのに、あんたを愛でたくなっちまうな」
「ひとりでやっておれ。我は、桜餅をいただく」
着物に伸びた手をぴしゃりと叩く。ひらり一片、桜の花が合間に舞い落ちた。