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瀬戸内小話2

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花を愛でる



「長曾我部殿」
 月明かりの眩しい吉田郡山城。その主の館へと向かう道を進んでいると、不意に声を掛けられる。
「よぉ、隆元殿。久しいな」
「お久しぶりでございます。……少し、寄られませんか?」
 二月ぶりに四国の鬼が尋ねて来たという知らせは広い城内をあっという間に駆け巡り、隆元の耳にも早々に入ってきた。無論、彼の目的は父・元就との対談だが、一応の挨拶を、と隆元はわざわざ難儀な自館から足を運んだのである。
 そうして父の館の前で見覚えのある大きな背を見つけると、横の館を眼で示しながら声をかけたのだった。
「何か、あいつに知られたくない相談でもあるのか?」
 珍しい誘いに、にやりと唇を上げ元親は笑う。
「悪戯の相談ならば、弟達とするので間に合っております」
 冗談には冗談で返すと、隆元は早々にこちらへと促す。
 つまんねぇなと口の中でごちる元親は父よりも幾ばくか若く、兄が居れば彼のような感じだろうかと隆元は想像する。
「じゃあ、恋の悩みか?」
「それも間に合っています」
「女の口説き方」
「それはちょっと知りたいですね」
 次期当主が、部屋を借りるぞと入り込んだ館の一角。なれた仕草で上座を勧めると、元親は素直に座る。それを横目に、隆元は下女に用を頼む。
「……今日はどちらの花を愛でていらっしゃったのです?」
「おいおい、そんな野暮は聞きっこなしだぜ」
 大きな肩を竦める鬼は、この毛利ではあまり見かけない珍しい明るく大らかな性格をしている。だから、女達はこぞって彼の世話を焼きたがる。大きな声では言えないが、この城や城下の女達は、この西国の王が来るのを心待ちにしている。
「あまり、うちの女達を骨抜きにしないでくださいね」
「まてよ、隆元殿。説教のために俺をここに呼んだのか?」
 勘弁してくれよと、既に逃げ腰で鬼がうめく。珍しいこともあると思うが、もしかしたら父の前ではいつもこうなのかもしれない。
「まさか。私ごときが長曾我部殿にものを言える筈もありません。それは父の楽しみですし」
 元就が声を荒げることは滅多にないのだが、この元親が来れば1日1度は珍しい声がこの城内に響く。その変化は、父にとっては望ましくないことなのかもしれないが、息子として、一家臣としては快い。
 丁度下女が頭を下げ持って来た盥と手ぬぐいを、すいと鬼の前に置く。
「とりあえず、肌についている白粉だけは拭ってから行って下さい」
「あ、残ってたか?」
「ええ。首筋に、しっかりと」
 悪びれもせず首筋を撫でる相手に、軽く肩を竦めて応える。
「今日はなかなか放してくれなくてなぁ」
「それはそれは……」
 露わな肌を絞った手拭いで拭いていく。そんな仕草も一々男臭いものがあって、女達が惚れるのが分かる気がした。そして四国で、この男がアニキと呼ばれ慕われているのも、おそらくはこの男っぷりがあるからこそなのだろう。
「……やや子が出来たら、人質になりますかね」
 ふとぽつり零すと。
「…………元就みてぇなこと言ってくれるな」
 鬼がげんなり呟いた。


作品名:瀬戸内小話2 作家名:架白ぐら