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瀬戸内小話2

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花手鞠



しとしとと降る雨は柔らかく、あたっていると匂いに酔った意識を醒ましてくれる。
 酒宴の席を厠に行くと離れたが、そう行って席を立ったあとの多くは戻ってこないから、周囲の者も気にもせずに飲み続けることだろう。だから、こちらもあれこれ騒がれることなく、好きが出来る。
 私室の縁側沿いに広がる、ほんの小さな庭。城の主である元就の目を楽しみせるためだけに造られたものだが、当の主は長い間そ知らぬ顔をしていた。
 無論、まったく嫌いなわけではない。疲れた心が癒されることもあれば、今のように雨にうたれる供をしてくれる。
 ただ、今宵は月もなく、今を盛りに咲く花々は、闇の中で姿を隠している。それでも存在を強く主張しようと、芳香が漂う。
 まるで、あの男のようではないか。
 濡れた髪を掻き上げ、笑う。
 疎ましいくらいに、己を主張してやまない男。誰からも忘れられたくないと、人の記憶の中に己の像を刻んで行く。まるで幼子のように、暗がりを恐れるようだとも思う。
 くらりと鈍い眩暈がする。
 酒に酔ったと思っていたが、どうやら芳香に酔ったらしい。雨のせいで、余計に花々は花香を強めたようだ。己を見よとは、まったく、嫉ましい。
 白く小さな花弁が、闇の中で淡く揺れる。
 手を伸ばし細い枝を手折る。地に落ちた花手鞠を踏み潰す度、身体に匂いが染み付くような気がした。
 春雨のなんと弱々しいことよ。
 ぱきりぱきりと音を立て落ちる花のようが、よほど強い。
 幾つも手折って、最後に一枝、手元に残すと飽きて止める。
 泥に汚れた花と掌の花とを見比べて、あの男は嘆くかなとふと思う。
 この元就の小さい庭を、春夏秋冬、あの男は飽きることなく手入れする。人を愛でるように庭を愛で、季節が巡るたびに少しずつ庭を作り変える。誰もそんな事を頼みはしないのに、それが楽しいのだと笑って。
 かつての四国の鬼が行き着いた先が、こんな猫の額ほどの庭かと思うと、同じ武将として物悲しい。
 途端に手に持つ花が憎らしくなり、もう一方の手で握り潰した。
 まとわりつく芳香が、憎らしくて仕方ない。



 耳を澄ませば、ぱきりぱきりと小さな音が聞こえる。やはり、元就は戻っているらしいと足音を忍ばせ縁側を進む。
 その先で、沈丁花の前で花枝を折っては捨てる背が見えた。雨の中、何を気狂いなと思ったが、彼の表には出すことのない複雑な心を思えば声もかけられない。
 時折、こうして庭を彼は荒らす。
 幼子が鬱憤を周囲にあたって晴らすように、彼もまた、ただ花にあたる。
 気が済んだのか、ようやく手折る手を止める。かと思えば、掌でせっかく咲き誇った花を潰す。
「……元就、風邪引くぜ?」
 頃合とばかりに声をかければ、悪戯を見咎められた童のような顔で振り返る。
「春雨でも、長い間あたってたら身体に障る。入ってくれよ」
 軒に座って手招けば、花を握りしめたまま、彼は歩み寄ってくる。
「……匂いが」
「ん?」
「匂いが纏わりついて、離れぬ」
 腕を伸ばせば、すっかり濡れそぼった身体は素直に収まる。冷たい指が両頬を包む込むように触れる。
 その身体から立ち込める花の芳香は、先ほどまで元就が手折っていた沈丁花のもの。花の報仇と言えなくもない。
「どうにかせよ」
「……どうにかって言ってもなぁ」
 実際、どうしようにもない。なんと宥めようかと思っていれば、濡れた髪が触れた。
 口唇までも冷えているのに、舌だけは温かい。こちらの着物を濡らすのもお構いなしに、人を喰らう。
「酔ったのか?」
 腰を抱き返し聞けば。
「かもしれぬ」
 頑なに閉じた拳のまま、頭を掻き抱いてくる。
 近くにあれば近いほどにむせ返る匂い。性急に帯を解き触れてやれば、噛みつけとばかりに白い喉が反る。
「……貴様のせい、だ」
 唇を強請り、腰を摺り寄せる。らしくもない仕草に笑えば、そう詰られる。
「俺の?」
「そう、だ。……貴様が、花を植えるから」
 絶え間なく肌を弄れば、もうひとつの花が色づく。
「花は愛でるものだからな。嫌いじゃないだろ?」
「……嫌い、だ、っ」
 また喉を反らせ、腕の中で悶える。元就の向こうで、雨に打たれた沈丁花の花弁が、ひらりひらりと落ちてゆく。
「さて、と。上がってくれよ。このままじゃ、風邪引くぜ?」
 続きは閨でしてやると、滴を落とす髪を払い耳元で囁けば、否と白い面が首を振る。
「……ここで、よい」
 めったとない呟きに、思わず目を見開く。と、右耳を齧られる。
「貴様の、せいであろう?」
「ああ……」
 苦笑して頭を傾けると、勝手を知った唇が首筋を辿る。その動きにあわせ、また、強い芳香が鼻を擽る。
「……お前がこんなに酔うなら、毎夜、部屋に持ち込もうか?」
 衿下を乱し触れる男の頭に触れば。
「止めよ、疎ましい……」
 言葉の冷たさとは裏腹に、彼は欲望の元へと歯を立てた。




作品名:瀬戸内小話2 作家名:架白ぐら