瀬戸内小話2
月見
「明日は雨か」
軒から夜空を見上げていた男が呟く。
空に浮かぶ月は朧に霞み、月見の夜に影を落とす。
ただそれは用意させた酒と芋煮の前ではただの飾りに過ぎず、風流さはさして求められてもいない。
月を愛でるならば、それ相応の相手と行うものだと最初から割り切っている。だから、応えず杯を煽る。
向こうもいらえを待っていたわけではない。芋煮を口に運ぶと、空になっていた己の杯に酒を満たす。
「あんまり長雨にならなきゃいいな。収穫には、まだ早ぇだろ?」
この吉田の地に上がってくるまで、幾つもの田畑を見てきた男の心配げな声。
たとえこの地が長雨に晒されようが、男にとっては他所の国の出来事であり、どうでもよい話であろう。だが、男にとっては気の毒に感じるものらしい。
「まだ、雨の季節には早いな」
他愛もない相槌を返せば、そうだよなと呟きながら酒を啜る。
「……むしろ、土佐の海が荒れる時期であろう?」
夏から秋にかけて、大きな嵐が四国の地を幾度か襲うというのは、この男から聞いた話。海に出る者の幾人かは、毎年海で死んでいくとも言っていた。
長雨よりも、こちらを心配すべきが男の役目。
「最近は、お天道さんの機嫌が良くて、ぼちぼちだな」
また芋を齧り、晴れ晴れと笑う。
この男が四国の主である限り、日輪はかの地に加護を与えるかもしれぬ。ひやりとした酒を舐め、目を閉じる。
「――雨が降るか」
それが天の、日輪の導きならば仕方ない。だが、溜息が知らずとこぼれる。
「残暑払いと思えばいいさ」
徳利を手に、男がまた笑う。
ほら、と促されて受けた酌。
「そうだな」
その薄紫の杯に映る、朧月ごと飲み干した。