瀬戸内小話2
約束
「待っているがいい」
フッと笑った口元は、乾いた血がこびり付いていた。
白磁のような肌は泥に汚れ、円を描いていた刀の片方は無くなって久しい。
ボロボロの格好だというのに、だがその男は笑った。
壊滅寸前だった毛利軍と長曾我部軍が退却できたのは、それから半刻もした頃。
目の前に聳えるようにあった、豊臣の主力戦艦が火を吹いてからだった。
片目を失ったのは、もう何年も昔のこと。
それに利き腕が加わったところで、たいしたことではない。
「アニキ、調子はどうです?」
「まあまあかな」
幸い、長曾我部の技術力は義腕の類を作るのにも発揮して、細かい作業は無理でも大雑把なことであれば手間ない程度にこなせるものが出来ていた。
「ドリルにしても良かったんだがなぁ」
「そいつは男の浪漫でも、飯食うのとか大変っすよ」
「だよなぁ」
血の通う手で頬を掻けば、周りの男達が声を上げて笑う。その数も、戦の前と後では随分と変わってしまった。
海の向こうの毛利でも、こちらと同じ……いやそれ以上の喪失があるに違いない。
「――待つって、普通どれくらいのことを言うと思うか?」
何度も何度も、繰り返す問いかけをまた口にする。
はじめのうちこそあれこれ返事をしてくれた男達も、今はもう慣れたもので肩をすくめた。
「人によりけりでしょ。ってか、あの御仁なら、一生待てとか平気で言いますぜ?」
答えた日数が過ぎる度に、酒を必要以上に煽る相手がいる。だから、男達は答えない。
それを知っていて、何度も聞かずにはいられない。
「俺が忘れた頃にふらりと来て、厭味を言いそうだもんな」
「ええ」
当人が目の前に居たら、拳を振り上げそうな、そんな内容。
笑いの種にされるのが大嫌いな男だから、だから嫌なら早く戻って来い。
そう、繰り返しながら今は穏やかな瀬戸海を見る。
水面から、ひらりと白い鳥が蒼穹めがけて駆け上がる。それはいつもの光景だった。