瀬戸内小話2
初夏
「暑いな……」
開け放った部屋の畳の上で、だらしなく寝そべったまま元親がぼやく。
今年は雨が少ないせいか、例年よりも夏が早く訪れているようだ。
「先ほど、遣り水をうったばかりであろう」
呆れたと返す元就に、ああ、と呟いて緩めた襟元を、さらに寛げる。
「こんなに御天とさんが元気じゃ、水を撒いたところであっという間さ」
「夕時まで待たぬ貴様が悪い」
文机に向かう細い背が、すっと伸びる。近づく人の気配は、熱気を伴う。
「……夏は暑いのが道理よ」
すぐ傍に座り直す元就の手には団扇。四国より届いた荷の中に収められていたそれは、竹を割り裂いて作ったものという。
地元より献上され、珍しいからとわざわざ贈ってくれたらしい。
ゆるりゆるりと、元就の手が風を生み出す。
「だが」
中国の主の目が、眩く光る庭に向けられる。
「ああ。お湿りが欲しいな、そろそろ」
初夏の日照り続きは、覿面、秋の実りに影響する。
東北と違い、西が飢饉に見舞われることは少ない。だが、一揆に悩まされるのはどこの地も同じこと。
「……暑いな」
風を送ってもらいながら、また、呟く。
ぱたぱたと、団扇が鳴った。