瀬戸内小話2
宵の夢
春から夏にかけてのこの時期は、水の害が多発し始める。
戦をするならば、本格的な暑さが始まる前に済ませておきたい。
とにもかくにも忙しいこの季節。
毎日のように届く各種の書状に目を通し、報告を聞く。それだけで、時間はあっという間に過ぎてゆく。
おかげで、己の鍛錬の時間は、いつも夜が更けてから。
といっても、それは刀や弓を用いる類ではない。
大陸より取り寄せた、数多の書籍。それらを読み、知恵を蓄えるのが、元就の鍛錬である。
思えば、大内の殿は馬鹿であったが憎みきれぬ相手であった。
かの殿から譲り受けた書を手に、ふと思い出す。元就に数多の書を残してくれたからそう思うのかもしれない、感傷。
最後は側近に手を噛まれて滅んだが、あの殿が生きていれば毛利はどうしていただろうか。
この書は元就の手にはなかったかもしれないし、なにより織田などよりも先に大内の殿が上洛していたかもしれない。その場合、毛利は大内の中で生き続ける。
そんな有り得もしない未来。
ただ、もしかしたら叶ったかもしれない未来。
「……我は、貴方の事がそう嫌いではなかったのですよ。義隆殿」
戦乱の世に背を向けて、京の真似事に興じていた人。今の元就ならば、即斬って捨てるような人でも、彼の殿だけは別格らしい。
一息つくと、書を捲る。
今宵も、長い夜となりそうであった。