瀬戸内小話2
疾風迅雷
かつて、いくさ嫌いの軟弱者と呼ばれていたのが嘘のような男だと思う。
先陣を切って碇鉾を振り回し、駆け抜けていく。
その男の口元は微かな笑みを刻む。
戦が楽しいわけではない。ただ、己の力を思う存分発揮できるのが楽しいのだろう。
多少は戦場の駆け引きを見てはいるようだが、突っ走る様はまるで童と変わらない。
腕を飛ばされ這いつくばって逃げる兵など目もくれず、新たな敵兵に向かって切り込んで行く。
戦場は、今や長曾我部の一人舞台である。
「……殿、わが兵はいかが動かしましょうか?」
控えめにかけられる声。それに視線を動かすことなく、片手を振る。
「必要ない」
「ですが……」
食い下がるのは、援軍に来たのに何もしないことが罪悪のように思えるからだろう。
仕方なく、采配で戦場を指す。
「見よ。今我らが動けば、風に飲まれるぞ」
あの男を中心に渦巻く風。それはまるで嵐ではないか。
そんな声が届いたのか、鬼が顔を上げてニヤリと笑ったような気がした。