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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆3

 楽譜を再びファイルにしまい込むとジュリアスは立ち上がり、とりあえず午前中の練習を終えた。
 日中のホテルの通路にはほとんど人影がない。このような海辺にやって来て、ホテルの中−−それも食堂などでなく音楽室の辺り−−にいるような者はせいぜいジュリアスぐらいのものだ。それを幸いにジュリアスはふと笑みを漏らす。
 あの二人。
 ジュリアスが直感したとおり、あのときゼフェルはリュミエールの許へ文句をつけに行っていたらしい。ジュリアスの擁護に回ること自体、ゼフェルは良しとしなかったようだが−−そう後で本人がジュリアスに言った−−ロザリアが飛空都市を去ることにした経緯を思うと、不満げにしたリュミエールが許せなかったらしい。もっとも、詳細を話す訳にもいかず、言いたいことがありながら言えないという、鬱屈した状況だったようだ。ところが、いざ蓋を開けてみると、リュミエールとゼフェルは考えが一致していた。
 「『八月には会える』って言うんだぜ、ジュリアスはよ」
 「えっ、そうなのですか?」
 「ロザリアにそう言ったら……」ふとゼフェルはジュリアスの視線に気づき、リュミエールに「耳を貸せ」と言った。
 「……ゼフェル」
 「もったいねーから、あんたにゃ教えねー」
 軽く睨むジュリアスに対しそう言うとゼフェルは、ひそひそとリュミエールの耳元で囁いた。
 「……そうだったのですか……」
 「オレもう、とりあえず、それならそれで、いいっかーって思ってよ」
 「そうでしょうね……」
 しみじみとした笑みを見せてリュミエールが頷く。
 「けどよ」ちらりとジュリアスの方へ視線を流し、ゼフェルは言う。「オレなら手放さねーけどってジュリアスには言ったんだ」
 「そうなのですよ」我が意を得たりとばかりに深く頷いてリュミエールは続ける。「ですから、今朝思わず」
 「そうだったのかー、知らねーこととはいえ、悪かったな」
 「いえ、こちらこそ」
 二人で納得し、意気投合している−−当人のジュリアスを放っておいたまま。
 そして。
 ジュリアスにとっては一ヶ月。
 けれど、と二人は言う。
 ロザリアにとっては二年経つのだ、と。
 二年も経てば、変わってしまうこともある、と。
 そのように、心配してくれるのはありがたい。だが、ジュリアスは全く気にしていない。
 「その、どーしよーもねぇ自信はいったいどっから来るんだ?」
 呆れ顔でゼフェルが言うので、ジュリアスは自分にとって至極当然のことを言った。
 「ロザリアは口にした約束を、二年ごときで安易に違えるような娘ではないからな」
 二人は一瞬呆気にとられたような顔をして、その後同時に笑った。



 「それにしても……ピアノと水泳ですか……大変……ですね」
 そうリュミエールが言うと、横でゼフェルが頷く。
 「けど、やらねーとな」
 「……約束、ですからね」
 「約束……だからな」
 「そなたたち……」苦虫を噛み潰したような顔をしてジュリアスが言う。「全く……同情していないな」
 「なんで、あんたに同情なんかしなきゃなんねーんだよ」
 冷たく言い放つゼフェルに対し、リュミエールはにっこりと笑ってみせる。
 「ピアノは門外漢でお役に立てませんが、水泳はお手伝いしますからね……とりあえず息つぎができるようになりましょう」
 「ンな、おもしれーこと、やってたのか」リュミエールに向かいゼフェルはうらやましげに言う。「オレも見てぇな、ジュリアスがあんたにビシビシしごかれてっトコ」
 「そんな」手を振り、リュミエールは笑う。「滅相もないですよ、ジュリアス様をしごくなんて、そのような」
 「そなたたち……」
 ゼフェルとリュミエールはその、呻き声にも似たジュリアスの呼びかけに気づくと、二人そろって笑顔で告げる。
 「ま、がんばれよな、ジュリアス」
 「そうですね、がんばりましょうね、ジュリアス様」



 ……だから、がんばっているではないか。
 思わずジュリアスはふぅと息を吐く。
 海へ行って水泳も、とは思うのだが、まずはピアノが先決だ。だからこうして、朝も昼も音楽室にこもっているというのに。
 とにかく。
 昼食を済ませたらまた練習せねばとジュリアスは、件の食堂へ行こうとしたものの、その足が、ぴたりと止まった。
 向こうから、車椅子を押してくる老婆の姿に目が釘付けとなり、その車椅子に乗っている、痩せて年老いた男を見る。そしてその近くにきっと、いるに違いない青い髪の娘を探す−−その娘だけがいない。
 けれど。
 周囲がざわめく。
 突然、ジュリアスが小走りにその二人の元へと駆け寄ったからだ。
 「……ジュリアス様!」
 目を大きく見開いて叫んだのは−−コラだ。
 その声に車椅子の老人が顔を綻ばせる。
 綻ばせて、両手を前に差し出した。
 その手をジュリアスが掴む。
 顔をくしゃくしゃにして笑うと、彼はおもむろに言った。
 「どうだね、久しぶりに……海際の砂浜でチェスをしないか?」