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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆4

 わかっている。
 ジュリアスは来ている。
 このホテルへ着いてすぐ、父にもコラにも内緒で確認した。
 まるで連絡を取りたいような振りをして、フロントで「ジュリアスさんを」と言った−−
 「ただいま、別の部屋にいらっしゃるのですが」即答だった。「おつなげしましょうか?」
 慌てて断った。
 別の部屋?
 どこ?
 ……いいえ。
 それよりもこの契約書の確認の方が先。



 父やコラと共に昼食を済ませた方が良かったかと一瞬思ったもののロザリアは、とにかく目の前の画面に映し出されている、新規の取引先との契約書を睨みつけていた。
 初めてロザリアが、父に頼らず得た取引先だ。何としてでも自分の手で成功させたいという思いがある。身代が傾くなり父を見捨てた古参の弁護士を切り−−こちらが切られた、とも言うが−−新しくカタルヘナ家の弁護士となった男は、父を恩人と崇める別の貴族のお抱えでもあった。その貴族への義理立てからのつきあいとなった弁護士とロザリアとは、どうにも相性が悪い。彼のやること為すことが気に入らず、向こうもまた、何を小娘が偉そうに、という態度を露わにして接してくる。
 カタルヘナ家も堕ちたものだわ、こんなにまで虚仮にされて。
 そう頭の中で呟いてロザリアは、実際に『堕ちた』カタルヘナ家を思い、顔を顰める。
 本当に堕ちていた。
 堕ち過ぎていて最初、どうしたら良いのかわからなかった−−



 「……情けない父親です」
 こくり、と水を飲みながら老人は言った。
 最初のひと言だけは昔のままだったが、後の会話はすべて敬語を使っている。ジュリアスにはそれが少々寂しいものではあったが、その思いが老人にも伝わったのだろう。
 あなたのことを聖地へ召される前、ロザリアから聞きました。まさか光の守護聖様だとは思いもよらず……道理で調べてもわからなかったはずだ、と彼は苦笑して言った。
 調べたのか、と尋ねたものの、それはそうだろうなとジュリアスは思い至る。
 それでも、どこの誰とも知れぬ私とよくチェスをしてくれたものだな、と言うと、人を見る目だけは負けないつもりでしたから、と笑われた−−それはロザリアにしても、と付け加えつつ。
 お許しください。
 あなたにはつまらないことかもしれませんが、私にとっては……あれからずいぶん時が流れているのです。あなたとチェスを楽しんだ頃よりも、あなたを含む聖地という存在を、他の民同様、尊び、敬いつつもどこかで呪いながら……荒んでいった時の方が長くなってしまいましたから。
 もっとも、ロザリアからは「お父様が弱いのだ」と言われました。
 全くもって、そのとおりです。
 罰が当たったのでしょう。すっかり躰を壊してしまいました。そういう訳で、酒は医者から固く止められているのです、とジュリアスから勧められたワインを断り、彼は話を続ける。
 「お恥ずかしい話ではありますが、ロザリアが帰ってきた二年前は本当に、私の代でカタルヘナ家の身上を潰した、と言うにふさわしい有様でした。ですから」
 そこで彼はふと、ジュリアスの表情が曇ったことに気づき、苦笑すると、傍で身を縮ませるようにして昼の食事に同席しているコラを見た。
 「コラ、この機会にきちんとジュリアス様にお詫びするのだ」
 びくり、と肩を震わせコラがおずおずと顔を上げる。
 「娘から聞きました。とんだ見当違いの言いがかりを申したそうで……」
 とたんにコラは、いたたまれぬように顔を伏せる。だから今度はジュリアスが苦笑する番だった。
 「良い」ジュリアスはコラに向かい、言う。「たぶん……今でもそなたは、私に言ったことを見当違いだとは思っていないし、後悔もしていないだろう」
 「あ、あの!」
 慌ててコラが何か言おうとするのを、手で押し止めるようにしてジュリアスは笑う。
 「心にもない詫びは不要だ。私が決して、そなたの主たち家族に謝る言葉を持たぬようにな」
 コラがジュリアスの顔を凝視している。そこには、あの通信装置で叫んだ声と共にぶつけられた憎悪はもちろん含まれておらず、ただただ驚いている、といった風情だった。
 「……ロザリアは、そなたの役に立てているのか?」
 くっ、と老人は笑う。
 「面白い言い様をなさいますな。ですが、役に立っているかと問われれば……」
 たぶん、本来老人が、老人でない頃に持ち得た鋭い視線をジュリアスに投げかけ、彼は言う。
 「我が娘ながら……卓越した商才の持ち主だと」
 「……ほう?」ジュリアスも愉快げに笑む。「やはり、そうであったか」
 「おわかりに?」
 「民の望みを分析し、予想することにかけては本当に長けていた−−現女王よりもずっと」そこでジュリアスは肩をすくめる。「私の立場で言うべきことではないが」
 「そうでしたか」
 会心の笑みを見せて老人は言う。
 「そう、予想……それを元にした企画力は素晴らしい。それにおかげさまで、それはそれは美しく成長しておりますのでな」呵々と笑うと老人は続ける。「取引先に提案する際、決して物怖じすることのない堂々とした態度に華やかさが加味されて良いのです、ただし」
 「……心までは掴めない」
 さらり、とジュリアスが言い、老人は再びその笑みを苦いものに変えた。
 「相変わらず……情け容赦ない仰り様ですな」
 だが、ジュリアスは動じない。
 「そなたもそう思っているのであろう?」
 老人は小さく嘆息して頷く。
 「ですから……苦労しておりますよ」車椅子の背にもたれ、目を伏せて彼は言う。「まだ十九なのに……若い娘らしい笑顔もすっかり忘れてしまうほどにね」