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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆5

 懐かしい館の中に、父の姿はなかった。
 聖地へ召されたときと全く同じ年格好、姿でいる主の娘に仰天した古参の使用人たちの驚きをよそに、ロザリアは父を捜し回った。そしてはた、と気づく。
 あの庭!
 久しぶりに使う鍵を握り締め、館の奥にある庭の、そのまたずっと奥にあるその小さな門の扉を開くと、すっかり雑草に覆われて荒れ放題になったその中程に、車椅子に乗った父の姿−−祖父と言っても過言ではないほど年老いた−−があった。
 「……この庭はもう少し」ロザリアは笑おうと務めつつ言う。「もう少し……綺麗にしなくてはね」
 それがロザリアにとっては一年足らず、そして彼女の父には二十年ほど経た後に再会した父への、最初の言葉だった。



 ロザリアが宇宙を統べる女王の候補であったことは、最大級の機密でありながら、カタルヘナ家を含む主星の、いわゆる『上層』に位置する人々の間ではすでに知られていたことだった。それというのも、宇宙自体の大移動が普段の生活をなんら脅かすことなく遂行されたものの、他の惑星ならばともかく、聖地を有する主星の『上層』がそれを知らない−−知らずにいる−−わけにはいかない。だから必然的に、あのカタルヘナ家の娘を負かして女王になったのは誰なのか、という話になり、「平民の娘に負けたのだ」と頑なな階級意識を持つ者が陰口をたたいたとしても、それはある意味致し方のない話だった。
 ロザリアがそれに耐えなければならないことは確かだったが、それよりもずっと重くその肩にのしかかってきたものはカタルヘナ家が抱え込んだ負債であり、一方で、驚くほど失ったものは財産と−−それよりもはるかに重要な『信用』だった。
 借金まみれのカタルヘナ家で、どうにか体面を保っていくことができたのは、まだ人々が、昔の−−勢いの合った頃の父に戻るのを期待してくれていたからだった。ところがこの父が体調をくずし、その代わりといきなり現れたのがまだ十七、八の若い娘だったことから、辛うじてつきあいのあったところから次々と−−まるで潮が引いていくかのように−−取引打ち切りの申し出が殺到したのである。
 そしてそれは何も、カタルヘナ家の外だけの話ではなかった。
 このような、どこから湧いて出てきたのかわからぬような娘−−時を経て戻ってきただけなのだが−−の下では働けない、と去っていく者が続出した。しかし新しい力を注入しようとしても、ロザリア自身が根本的にまだ経験が浅く、しかもその、きつく、人に頼らなさ過ぎる性質故に、ついてくる者は少なかった。もっとも、そのころには愛する娘が戻ってきたことで元気の出た父の呼びかけもあって、内も外も多少はカタルヘナ家から去らず残ってくれた。
 結局は父ありきなのだという、当然の結果にロザリアの自尊心はぼろぼろに傷つけられていたけれど、それでも気を抜けば家は傾き、抵当に入れられた館の存続も危うい。
 だからこそ、この新しい取引は成功させたい。
 わたくしが初めて自分一人でまとめたこの取引を。
 誰の力も頼らず、わたくし自身の存在を知らしめるためにも−−



 ……気持ち悪い。



 見ている画面が小刻みに揺れているような気がしてロザリアは、自分が震えていることに気づいた。
 お腹が空いているのねと苦笑して、でももう少し目鼻のつくまでと思い直し、途切れた視線の先を再び追おうとしてロザリアは、画面が再び酷く揺れたように見えて思わず目をぎゅっと閉じた。
 わたくし……いったいここで、何をしているのだろう?
 せっかくの八月なのに。
 会えるのに。
 この部屋から出れば会えるのに……ジュリアスと。



 「……まだ食事を取らんつもりかね?」
 背後から車椅子の、きゅっと軋んだ音と共に父の声がした。
 「ロザリア様、朝も抜かれているのですから少しでも何か」
 コラの心配そうな声が、かえってロザリアの疲れた神経を逆撫でする。
 「わかっているわ!」きつくなってしまった。その短慮な言い様にロザリア自身、歯噛みしながら続ける。「でもあともう少し……」
 そのときだった。
 別の足音がしたかと思うと、ぴたり、とロザリアの背後についた。
 「この第五条の内容は……少々きついのではないか?」
 息を呑む。
 聞きたいと焦がれていた、低い声。
 そして目の横に、ぱらり、と黄金色の糸−−髪の揺れるのが見える。
 「嫌がられるぞ、信用がないのかと」
 何か言わねば、と思う。
 けれど声が、出ない。
 「聞いているのか、ロザリア」
 どうにか。
 どうにか振り返ろうとしたとき、両肩をぎゅっと掴まれた。きちんとカフスの留められた袖口が見える。相変わらず長袖なのねとロザリアは、どうでも良いことを思った。
 「達者そうだが……とりあえず何か食せ」
 振り返らないままロザリアは、こくり、と頷く。
 「コラ、ルームサービスに何か適当に頼め」
 「……はい!」
 嬉しげに返事するコラが可笑しくて、くす、とロザリアは笑ってしまう。
 あのとき−−飛空都市で、あんなに怒鳴ったのに……ジュリアスのことを。
 「……笑ったではないか」
 その言葉にロザリアは、はっとする。
 「笑わぬことはなさそうだぞ、心配するな」
 そのとたん、父の……久しぶりに明るい笑い声を、ロザリアは聞いた。
 そしてようやく、自分が笑っていることに気づく。
 「……ジュリアス」
 振り返りつつロザリアは、本当に笑っている自分を意識した。
 「お久しぶり……」
 「……ああ」
 懐かしい、そして全く変わりのない笑顔が、目の上にあった。