あなたと会える、八月に。
あれこれと予想でき得る事柄について対処していこうと先手を打つべく算段し、手配し続けていた結果、ジュリアスは眠ることができなくなっていた。
だから。
今から思えば、と繰り言ばかり言いたくないけれど……せめてもう少し上手く意志疎通をはかるべきだった。
「……そうだ。それでは私からの話は以上だ」
そう言ったとたん、ジュリアスは鈍くなった感覚の中にあったにも関わらず、一斉に他の守護聖たちの、自分を見る表情が凍りついたことに気づいた。
何故、わからない?
致し方ないのだ、こうするしか。
私だって、むざむざ星を潰したくなどない、けれど−−
ぐい、と胸元を掴まれた。
「このばかげた聖地ができあがってからずっと、そうして情け容赦なくヒトや星の存在を左右しやがって……オレの作る機械の方がよっぽどあったかいぜ! てめーなんかにヒトの血なんて流れてねぇんだろっ!」
赤い瞳のまわりの白いところまでも赤く染めて、ゼフェルが絶叫する。
「ヒトから生まれたんじゃねぇんだろっ!」
そのとたん、ぱん、と乾いた音がした。
ゼフェルの保護者役たるルヴァがゼフェルの腕をつかんで自分の方へ振り向かせると、軽くではあったがその頬を打った音だった。
「……言い過ぎです、ゼフェル。ジュリアスに謝りなさい」
そしてルヴァはジュリアスを見た。
「私からも謝ります。けれど……どうかゼフェルの思いもわかってやってくだ……」
そこまで言ってルヴァの声が途切れた。
「……ジュリ……アス?」
「後から聞いた話だが」くく、と笑ってジュリアスは言う。「それはそれは間の抜けた顔をしていたらしいぞ、私は」
膝の上に置いた布のナプキンをぎゅっと掴んだままロザリアは、こちらを見ないジュリアスの横顔を、ひたすら見つめていた。
「そういえば……」重い口を開いたのはクラヴィスだった。「確か……明日がジュリアスの誕生日だったと思うが……?」
それはジュリアスに対する皮肉であり、暗にゼフェルへの戒めともいえる言葉だった。だがゼフェルは「けっ!」と吐くように言うと、自分の腕を掴んだルヴァの手を強い力で払い、走り去ってしまった。
どうしようかとおろおろした表情のルヴァをしり目にジュリアスは、何事もなかったかのように「解散する」と宣した。
オスカーが何か言いたげにしていた。けれどそれを無視して執務室へ戻る。
別に気になどしていない。
ゼフェルの悪態は今に始まったことではない。
それに私は、私の言ったことが間違いだとは思わない。
辛くない。
悲しくなどない。
ただ−−
執務机の前に座るとジュリアスは、書類に目を通そうとした。
通そうとして思った。
明日が私の誕生日。
私が人から生まれた日。
父も母も覚えていないのに……本当に?
本当に私は人から生まれたのか?
人、たるのか?
守護聖である前に。
自分の思いにジュリアスは呆気にとられた。
何を考えている?
私は人である前に守護聖だ。
このようなつまらないことを考えている間に執務を−−
最初、書類が揺れている、と思った。
しばらくして、揺れているのは自分の手だと気づいた。
何故揺れて−−震えているのかわからなかった。
どうしてこのようになってしまうのか。
自分は何をしているのか。
ぱさり、と書類を置いた。
けれど震えは治まらない。
気持ちが悪い。
立ち上がったとたん、勢いで書類が散らばった。そしてジュリアスの躰はまるで見えない力で引っ張られたかのように後ろへと傾いだ。椅子の脚に自分の足が当たってジュリアスは我に返った。
一刻も早く、ここを出なければならない。
でないと、このような所で無様に意識を失うかもしれない。
たぶん……本当にそうなる、すんでのところでジュリアスはそう察知した。
だからふらついたまま、執務室の扉を開けた。
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月