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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆4

 ロザリアは、この海岸に来てから毎日午前中はヴァイオリンの練習を欠かさない。水泳はまだまだだが、こちらはもうすでに年齢をはるかに越える腕前であり、いくつかのコンクールで賞をとり、その実力を認められていた。
 父が、このホテルをカタルヘナ家の滞在場所と定めたのも、ひとつはこの音楽室の存在にあった。たいていどのホテルも長期で滞在する客のために音楽室を備えてはいたが、ここが最も設備が整い、そして良い場所にあった。
 窓から海が見える。
 もちろん防音設備が整っているので、窓は閉めていなければならないけれど、地下等に押し込められるよりずっと開放的でロザリアもすぐに気に入った。
 透明のエメラルド・グリーンから澄んだマリン・ブルー、そしてより濃いコバルト・ブルーに変わるあたりにあの小屋が海の中、浮かんでいるように建っているのがここからよく見える。
 いつも同じ場所で練習するのではなく、海の臨めるここは気分も変わってロザリアは、水泳とはまた異なる熱心さで朝の二時間ほどをこの音楽室で過ごしていた。そして、本当はいけないことなのだが、窓を少し開いていた。当然音は漏れていたが、カタルヘナ家の一人娘が弾いていることは客たちも皆知っていたし、腕前が腕前だけに苦情どころか、それを楽しみにしてよく聴けるようテラスに出てワインを呑み交わす客すらいたほどで、ホテル側も黙認している始末だった。
 そうして何曲か練習で弾いた後、いつも最後に弾くのは『海』という小曲だった。コンクールや演奏会で演奏するようなものではない。本来は歌詞がついている古い歌だったようだが、ロザリアのヴァイオリンの先生が海に行くのですと楽しそうに言うロザリアが微笑ましくて、教えてくれた曲がこの『海』だった。
 可愛い曲ですわね、と言ってみたものの、最初に聴いたときはそれほど気に入ったわけではなかったが、いざこの海岸あたりに来て弾いてみると気持ちが良くて、ロザリアはすっかりこの曲が気に入った。だからこの曲を練習の最後に弾いて、午後からの海水浴への気分を自分なりに盛り上げていた。



 ところが、盛り上げたにも関わらずロザリアをがっかりさせることが起こった。
 海洋療法のサロンがいきなり午前中休みとなったのだ。何か故障があったため急きょメンテナンスが必要、と連絡が入ったようだ。そのため両親は午後出かけることになってしまったのだ。
 海へは? と尋ねようとしたが、ロザリアは黙っておいた。絶対に一人では行かせてもらえないことはよくわかっている。海は素敵だけれど怖くもあるのよ、と母は諭すようにロザリアによく言っていた。浸かるのは二十分、そして充分休憩を取ってまた二十分。この繰り返しをもう一度。そして絶対に一人で泳がないこと。わたくしか、あるいはたとえ水に浸かっていなくても、お父様が見ているときだけ泳ぐのよ、と。
 こういうときに乳母がいてくれたらいいのに、と少しだけ都合の良いことをロザリアは考えた。いつも必ずロザリアの側にいる乳母は、今はカタルヘナ家の留守を預かっている。それはまた、ある意味彼女にとっての休暇ともなる。
 ロザリアの落胆ぶりがわかったのだろう。両親は何か相談していたようだった。どちらかが行くのをやめてロザリアと共に海へ、とでも話しているのだろう。ロザリアは、一瞬嬉しくなったけれど、それはなんとなく子どもっぽい願いのような気がして両親の元へ行った。
 「わたくし、音楽室でヴァイオリンの練習をしていますわ」
 「ロザリア……?」
 「だって、海は逃げませんもの」
 その言い様に、両親は顔を見合わせた。そして二人そろって「ありがとう」とロザリアに告げた。
 それでロザリアはもう充分だった。本当のことを言えば、やはり海で泳ぎたかったけれど、明日もあるのだからと思うことにした。