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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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あなたと会える、八月に。

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◆11

 顔を、微かに顰めながらロザリアは目覚めた−−いや、揺り起こされた−−それ以前に、耳だけがすでに起きていた。
 「……ロザリア様」
 躰を揺すったのは、コラだった。
 カーテンは開け放たれ、強い陽射しが部屋に入り込んでいる。しかし、それよりもロザリアを刺激したのは、否応なしに耳へ入ってくる音だった。
 「……なぁに、ばあや……あの、さっきから同じ所で詰まってばかりいるピアノの……」
 そこまで言ってロザリアは、がばり、と起き上がった。
 一気にそのピアノの音が、旋律となって覚醒したロザリアの頭の中で再生される。
 『海』!
 見るとロザリアのベッド脇でコラが、寝間着の上にはおるガウンを持って苦笑していた。
 「……そろそろ他のお客様から苦情が出てきてしまうかもしれませんから、お止めしてはいかがかと……」
 堪えきれずにロザリアは、コラと顔を合わせ、吹き出して笑う。
 「全くだわ。早く行って窓を閉めてこないと」
 そう言ってロザリアは、はっとして時計を見る。
 「まあ……もうこんな時間! わたくしってば……!」
 「お疲れだったのですよ、ぐっすりお休みになれたようで何よりです」
 穏やかに微笑んでコラは言う。
 「それと」ベッドから立ち上がったロザリアにガウンを着せるとコラは、脇のテーブル上に置かれたナプキンでくるまれたものを指し示す。「ジュリアス様からの『ささやかな』贈り物だそうで」
 触れてみると、ふわりと温かい。その布のナプキンの包みを開くと、中は紙のナプキンでくるまれた件のパンだった。
 「……まあ!」
 ほのかに香ばしい匂いがして、ロザリアは感嘆の声を上げる。
 「私とお父様とが先に食堂へ行ったときにお会いして、ロザリア様がまだお休みだと申し上げたら、給仕に頼まれて」
 確かにそれは『ささやかな』贈り物だった−−まるであの髪ゴムのように。けれどロザリアはこの、想い出のいっぱい詰まった贈り物が嬉しかった。そしてこのような贈り物をくれるジュリアスの、その優しさがとても嬉しかった。
 ロザリアはそれをまたすぐ布のナプキンでくるんだ。
 「音楽室で分けるわ」快活に笑ってロザリアは言う。「あの弾き方じゃ、そろそろ疲れて小腹も空き始めたころよ……すごく肩に力が入っていそうですもの」



 私がそうやって、あのパンの美味さ−−それより何より空腹を癒していたころ、聖地は大騒動になっていたらしい、とジュリアスは苦笑して言った。
 あの後、ルヴァがゼフェルを伴って謝りにジュリアスの執務室へ行って、首座のいきなりの『失踪』に気づき、驚愕した。何故なら、あれほど執務をきっちりこなすジュリアスが机の上に書類を放り出していただけでなく、床にも散乱させたままにしていたからだ。
 しかも、酷く顔色を悪くして馬車に乗って帰ってしまったと聞いた。
 そこで二人が光の守護聖の館を訪ねたところ、大変顔色のお悪いまま服を着替え、大急ぎで出て行かれたのです、と側仕えから聞いた。そのうえジュリアスは『私の誕生日など、祝う必要はない』とその者に言い放ったと−−
 ルヴァはもちろんのこと、さすがにゼフェルもこれは拙いと思い至ったのは言うまでもない。急きょルヴァによって守護聖たちが集められた。やはりクラヴィスは来なかったが、同時に呼ばれたディアは日めくりを確認し、微笑んだ。
 「大丈夫です」ディアにはわかっていた−−ジュリアスがどこへ行ってしまったのかを。「一日経てば元気になって戻られますよ、きっと」
 けれど、あのジュリアスがこのようなことをするとは……と、守護聖たちは肝を冷やした。そしてジュリアスが追い詰められていたことを各々が悟った。悟って−−それほどに、宇宙の状況が悪いことに思い至った。
 とりあえず、あの書類だけでも片付けようと、オスカーとルヴァ、そしてゼフェルがジュリアスの執務室へ行くと、意外な人物がジュリアスに代わり、机の前で黙々と書類に目を通していた。
 はたしてディアの言うとおり、ジュリアスは実にさっぱりとした表情で帰ってきた。そして執務室のことを思い出し、片付けに行ったところ、書類はすっかり処理されていた。
 昔から見慣れた文字のサインに、ジュリアスは苦笑する。
 「まあ! クラヴィス様が?」
 店の給仕や他の客たちに憚って、小さくではあったもののロザリアは思わず叫んでいた。
 「そうなのだ」肩をすくめジュリアスは笑う。「とうとう私が精根尽き果てて逐電した、とでも思ったらしいな」
 そこでジュリアスが礼を言ったところ、「誕生日の贈り物代わりだ……二度とはせぬがな」と鼻で笑いながら返したそうだ。
 クラヴィス様なりの照れ隠しだったのだろう、とロザリアは思ったが、ジュリアスは「全く、何か憎まれ口を言わずにはおれぬ質で困る」と文句を言っていた。けれどその文句を言っている様子もどこか楽しげであり、ただたんに、どちらも素直じゃないだけでしょう? とロザリアは、口に出すとジュリアスがへそを曲げかねないことを心の中で言ってみる。
 以来。ジュリアスは言う。以来、もちろんいきなりわかり合えるはずもなく、表面的には静かに、何事もなかったかのように過ぎていく。ただ内側でのわだかまりは、少しずつ氷解していったように思う、と。
 「リュミエールに水泳の教えを乞うたことも、良いきっかけにはなったと思う」
 「喜んでいらしたわよ」頷いてロザリアは言う。「でも、あまり心配させてはだめよ?」
 ぴくり、とジュリアスの眉が動いた。
 「リュミエールは何か、そなたに言ったか?」
 「いいえ、別に」
 実際は、さまざまなことを聞いた。
 ジュリアスがリュミエール様から水泳を習おうと思ったきっかけや、わたくしたち家族との海での出来事を楽しげに話していた様子、それに……プールでこむら返りを起こして溺れかけた−−なのに自分よりリュミエール様のことばかり心配して、反対にリュミエール様を怒らせたこと。
 そして。
 リュミエール様の、『だからご自分の体調には無頓着過ぎたのですよ』と表情を暗くしておっしゃった言葉。
 「まあ……リュミエールはもともと心配性だからな」
 少しほっとした表情を見せたジュリアスにロザリアは、内心くす、と笑う。プールで溺れたことをわたくしに知られていたとわかったら逆上して、リュミエール様が叱られかねないわね。
 「ゼフェル様が謝っていらしたのも、このことだったのね」
 話を変えてロザリアが言う。飛空都市をゼフェルのエア・カーでうっかり飛ばし過ぎて、ジュリアスに見つかってしまったときのことを思い出した。
 「ああ……そうだな」ジュリアスは苦笑する。「思っていたより気にしていたようであったな」
 それを聞きながらロザリアは、飛空都市から出る直前、ゼフェルにジュリアスの誕生日祝いを託したときのことも思い返していた。
 『よりによって、このオレにジュリアスの誕生日祝いを預けるたぁ……皮肉なモンだな』
 確か、ゼフェルはそう言っていた。やっとその言葉の意味がわかった。
 「お二人とも、お元気?」