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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆3

 たぶん、通信装置の向こうでコラが絶句している。
 そしてリュミエールは思わずジュリアスを見つめ、大きく首を横に振る。
 守護聖が民の葬儀に参列するというのは、よほど大きな星−−政治的に有力な、という意味で−−の大神官クラスの者のものであったとしても、そう滅多にあることではない。ましてや守護聖の首座たるジュリアスが参列するとなると、それは異例という言葉では片付けられないほどの大事となる。
 それに、ひっそりと民のふりをして参列するつもりであったとしても、たった今ジュリアス自身が、主星の大神官が参列する、しかも正客−−いわば主賓であり、ある意味喪主と共に葬儀の代表たる存在として、参列者の中で最も高位の者や年長者に依頼されることが常である−−として参列することを確認したばかりだ。さすがに主星の大神官ともなると、ジュリアスとは謁見で顔も見知っているはず。そのような所へ行って、そのままで済むはずがない。
 もっともリュミエールは、守護聖としての格式を気にしているのではない。ロザリアのことを心配しているのだ。いきなり首座の守護聖が葬儀に参列しては、ロザリアにあらぬ噂が立ちかねない。それでなくとも、ロザリアがもともとこの宇宙を統べる女王候補であったことはたぶん大神官やその周囲−−この葬儀の客たち−−は知り得ていることだろうし、安易にジュリアスが参列して、守護聖の威光を借りたなどと妙な憶測や風評などでロザリアが騒がれたり、その尊厳を汚されたりすることを、リュミエールは恐れているのだ。
 だが心配顔のリュミエールを見つめつつ、ジュリアスは言う。
 「あくまでも……いや、もともとそうだ−−友人の一人として参列したい」
 「……ジュリアス様!」
 とうとう側でリュミエールが声を上げた。
 気持ちはわかる。わかる、と言い切るほど、ジュリアスの気持ちが自分に理解できているのかどうか……わからない。けれど。
 依然としてジュリアスは、リュミエールを見つめたまま続ける。
 「だから簡素なもので良い……私の年頃の者が着るような喪服を用意できるか?」
 コラからの答えを待つ間、ジュリアスはリュミエールを、リュミエールはジュリアスを見つめた状態のままでいる。そのまなざしにリュミエールは、前にも思った、以前ほどジュリアスの蒼い瞳を恐ろしくは感じないということを今再び思い返している。そして肩に入った力を、ふっ、と抜いた。
 私が考えつくことなど、とっくにジュリアス様はお考えに違いない。
 私よりも、誰よりも……たぶん一番おわかりのはず−−ご自分が一人の民の葬儀に参列するということの意味を。
 「……腰回りと股上と、足のサイズ? それで良いのか?」
 思わずリュミエールはフロントへ駆け寄ると、メジャーを貸してほしいと申し出た。リュミエールに伴われてコンシュルジュが、メジャーを持って再びやってきた。そしてコラから伝え聞くジュリアスの言葉どおりに測定して、ジュリアスに代わりその数値をコラへと伝えていく。
 その間にリュミエールが、ゼフェルが駐車場で待っていますよとジュリアスに告げると、ジュリアスの口元が、ほんの少しだけ綻んだ。



 一方、コンシュルジュは黙り込んだまま、コラからの言葉を聞いていたもののやがて微かに唇を震わせ始めた。
 「……はい……確かに。はい、はい……来年のご予約を……承りました……!」
 その言葉に、ジュリアスとリュミエールは顔を見合わせる。そして通信装置をジュリアスに渡しながらコンシュルジュは、少しだけ潤んだ目を二人に向け、言った。
 「来年こそは必ず、お嬢様は海へ……このホテルへ行くように……との、カタルヘナ様からの遺言だそうです……」震える声で彼は続ける。「本当にそれが……最期のお言葉だったと……」
 言い切れず途切れてしまったことに彼は、恥じ入るようにして軽く頭を下げると、フロントへ戻っていった。
 ジュリアスは、ぎゅう、と締めつけられるような胸の痛みを追い払いながら呼びかける。
 「コラ」
 「……はい」
 涙声のコラが答える。
 ジュリアスは、何か優しい言葉をかけてやらねばと思うのだが、何を言って良いのかわからない。それにこのようなことを考えあぐねている時間など、自分にも、コラにもないのだ。
 仕方なくジュリアスは、すぅ、と息を吸うと、強い口調で告げる。
 「ロザリアに伝えよ」
 所詮、私にできることはこの程度でしかない。
 「『私』を……上手く使え、と」
 そう。たかだか、この程度だ。
 「……ジュリアス……様?」
 コラの、驚いた様子が通信装置を通して感じられる。
 それはそうだろう。
 悔やみより先に、このような台詞を言うのは私ぐらいのものだろう。
 けれど。
 「この機会を、生かすも殺すもロザリア次第だ、とな」
 「あ……の」
 コラには意味がわからないかもしれない。
 だが、ロザリアならわかるはずだ。わからなければ……ロザリアがこれからカタルヘナ家の主として生きていくことは、極めて困難になる。
 「では、これからそちらへ向かう……コラ」
 「あ……はい」
 心細そうなコラの声に、再びジュリアスの胸が痛む。いや、再び、ではない。本当は、前からずっと痛い。痛いけれど痛まないふりをし続けていた。
 「ロザリアを……頼む」
 本音は、これに尽きる。
 もう、ロザリアの側にはコラしかいない。コラにこそ、踏ん張っていてもらいたい。
 「……はい!」
 空元気かもしれないけれどコラの力強い言葉に、ジュリアスは少しだけ安堵する。



 ジュリアスと、駐車場でエア・カーに乗って待っていたゼフェルを見送るとリュミエールは、つい先ほどまで楽しく眺めた海へと目を向けた。何ら変わらず海面は、陽射しを受けてきらきらと輝いている。
 車酔いのこともあり、足手まといになってしまうからとリュミエールは居残った。そしてゼフェルには、くれぐれもエア・カーで静かに待機しているよう言い含めた。守護聖がそうそう何人も葬儀に参列してはならないと、ジュリアスとリュミエールの両方から言われ、ゼフェルは不服そうにしていた。ジュリアスが出るんならオレが出てもいいじゃねーか、と彼は言ったけれど、ジュリアスは頑として譲らず、そのように言い続けるのであれば、ホテルに車を用意させるとまで言った。
 バカ野郎、とゼフェルが叫ぶ。オレはロザリアの館への道を知ってんだ。それにあと二時間しかねーのに、いったいそんな奴らがどうやって四時間かかるらしいロザリアの館への空路を行くつもりだ、と。
 「それでも、だ」ジュリアスは言う。「私はロザリアの父の友人として参列するのだ。それにゼフェル、これは……たんなる葬儀ではない」
 「……何だと?」
 「これはロザリアにとっての、闘いの場……だからな」
 その言葉にゼフェルが、きょとんとした表情をしながらも、本当に時間を食い始めたことに歯噛みして、わかった、と言った。
 「あんたを待っててやるよ、だから早く乗れ!」
 苦笑してジュリアスが乗り込み、二人は行ってしまった。
 やはり。
 リュミエールは確信する。
 そうだ。これはたんなる葬儀ではない。
 『この機会を、生かすも殺すもロザリア次第だ、とな』