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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆4

 「思ったより、集まったわねぇ」
 小声で言うと女は、黒のヴェール越しに辺りを見回しながら言う。
 「夏の休暇の時季ですものね、これだけ集まっただけでもすごいことだわ……さすがカタルヘナ家ね」
 隣に座った女が、ハンカチで額ににじんだ汗と、場の雰囲気に感化されて少し浮かべてしまったらしい涙の両方を、ヴェールを少し巻き上げて拭いながら言う。
 「ねぇ、ミレイユ」まだきょろきょろとして、落ち着きのない様子で女が言う。「どうして私たちが呼ばれたのかしらね」
 「それはもちろん」おっとりと、ミレイユと呼ばれた女が答える。「私たちがロザリアの友人だからよ。決まってるじゃないの、シルヴィ」
 二人は、もちろん主星の大神殿ほどではないにしろ、それなりの規模のある聖堂−−カタルヘナ家の敷地内にある−−の中にいる。彼女らは喪主たるロザリアの友人としての席を設けられ、そこに座っていた。そして当然のことだが、彼女たち以外には誰もいなかった。あとは、主星の政財界でも名の通った人々の姿がそこかしこに見られる。やがて、彼女たちが座っている席の通路側を、ゆったりといく一群が現れた。
 「大神官様だわ!」
 シルヴィと呼ばれた女が言うなり、椅子から立ち上がる。ミレイユも立ち、もちろん周囲にいた人々も立ち上がり、一斉に深く頭を下げる。大神官は主星で最も尊ばれている人物であり、敬愛の対象である。彼は年老いながらもしっかりとした足取りで歩み、人々に対し手を上げて応えている。
 明らかに正客席として設けられた場所に彼が着席すると、他の人々と共に二人も座って、再び話を続ける。
 「友人って言ったって」ますます小声になってシルヴィが不審げに言う。「いったい何年前の友人よ? あれからもう二十年以上、経ってるのよ? なのに見た? ロザリアときたら!」
 「不思議よねぇ……」しみじみと、ミレイユはヴェールを戻しながら呟くように言う。「そりゃあ、さっき遠目で見たときはすっかり大人びてはいたけれど、あんなに若くて綺麗なままだなんて。もう私たちからすれば娘と言ってしまっても、決して可笑しくないわよ」
 「女王になれなかったんでしょ?」シルヴィは、いっこうに自分の言いたいことに乗ってこないミレイユに対し苛々した様子で続ける。「それでほら、あの娘……スモルニィの卒業アルバムに辛うじて写真だけ残ってたあの金髪の……」
 「アンジェリーク……だったかしら」
 「そうよ、あの娘が女……」
 「シルヴィ!」小さく、しかし鋭くミレイユが咎める。「スモルニィ卒業のとき、さんざん先生方から口止めされたじゃないの」
 「ええ、まあ、そう……だったわね」ふだんはおとなしいくせにミレイユときたら、ときどき厳しいんだからと思いつつシルヴィは、せめて不愉快そうな表情を見せることで、自分の失態をごまかそうとする。「でも……すっかり時が流れたこちらへ若いまま返してしまうなんて、聖地もずいぶん酷なことをするわね。しかも帰ってきたら、家が没落していただなんて」
 「シルヴィ」困ったようにミレイユが言う。「葬儀のときに言う話じゃないでしょう?」
 「でも」シルヴィは指を振りつつミレイユに言う。「今日、葬儀に参列するって夫に言ったら、何て言われたと思う? 『借金を頼まれても絶対断るように』だわよ?」
 とうとうミレイユは大きくため息をついて、前−−少し離れた場所にある祭壇−−を見た。宇宙を統べる女王陛下を表す神鳥の像があり、その前に多くの花で埋もれるように飾られた中で、もう永遠に眠ってしまっている老人のことを思った。
 亡くなった方に鞭打つようだけど。
 ミレイユは、あの夏以来、たまにこのカタルヘナ家に遊びに来た折、会ったことのある、昔の彼の顔を思い出す。
 ロザリアが可哀相だわ、おじさま。
 「そういえば」なおも横でシルヴィが喋り続ける。「それこそ、あなたのご主人てば、お金を貸していたんじゃなくて?」
 「仕事柄、おつきあいがあったからね」
 もっとも、ミレイユの夫は「金は、貸したときから返ってくるものではないと思え」というのが信条らしく、とくにミレイユには何も言わなかったけれど、たいていはシルヴィの夫のような対応になることは想像に難くない。
 「自分のところは後でいいって言ったらしいの」
 「んまぁ」呆れたようにシルヴィは、少し大きな声を出した。「せっかく返してもらえるチャンスをむざむざ無駄にしたわけね、もう返ってこないわよ、きっと」
 こちらから何か言おうとすればするほど、シルヴィが覆い被せるように返してくることを、ミレイユは長年のつきあいで理解している。だから黙っていた。
 「だって当たり前じゃない。あんな若い身空でいったい何ができるのよ」ミレイユが黙ってしまっていることに気づかぬまま、吐き捨てるようにシルヴィが言う。「可哀相じゃないの、ロザリアが」
 「……あら」意外な展開だわ、とミレイユは思わずシルヴィを見る。「あなたがロザリアに同情するなんて珍しい」
 「べ、別に」ぷい、とミレイユから顔をそむけてシルヴィは言う。「少しいい気味だと思っただけよ」
 まあ、それも本音だろう、とミレイユは苦笑する。スモルニィの頃からシルヴィは、事ある毎にロザリアに対しライバル意識を持っていた。そしてある日、いつものように学校に来てみたら突然、ロザリアが転校しましたと知らされた。そのときの彼女の驚きと怒り様ときたら! やがて、ロザリアが女王試験のため聖地に召されたということを漏れ聞いたときの反応もまた酷かった。
 「……何でも持っていると思ったのよ」ぽつりとシルヴィが言う。「綺麗だし、頭はいいし、何をやらせても抜群だし、家は裕福で格式も高いし」
 ミレイユから言わせれば、シルヴィも相当だとは思ったものの、確かに何をとってみてもロザリアの域には達しないことは歴然としていた。
 けれど。
 「あんな冴えない娘に負けただなんて……!」
 複雑だ。どうやらシルヴィは、自分を負かし続けたロザリアが−−きっとシルヴィに対抗意識などなかっただろうけれど−−アンジェリークという娘に女王試験で負けたことで、自分が『それより下』となったことに対し、憤っているのだ。
 「で、あげくの果てに聖地から追い出されて、帰ってきたら家は借金まみれで、唯一の肉親が」
 言いながら今度はシルヴィがヴェールを巻き上げる。ポーチを開けてハンカチを探しているが、どうやら忘れてきたか、落としてしまったか……やれやれとミレイユが、予備に持ってきていたハンカチを渡してやった。礼も言わずそれで目頭を押さえながら、シルヴィは言う。
 「どんな顔をして今日の葬儀、喪主を務めるのか見てやりに来たのよ!」
 ミレイユはうんうん、と頷いてみせた。口ではさんざん悪態をつきながら−−それもまた、ある意味本音だろうけれど−−泣いてしまっているシルヴィを、やはり自分は憎めないと思った。
 「そういえば……」ふとミレイユは、話題を変えようとして思いついたことを言った。「例の『八月にだけ、会える人』ってどうしているかしらねぇ」
 妙に印象的なフレーズで、何故だかこの言葉は覚えている。