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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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あなたと会える、八月に。

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◆6

 ロザリアは、聖堂奥の控えの間からずっと、参列者の様子を眺めていた。ミレイユとシルヴィが来てくれたことは、正直言えば嬉しかった。もうとても、友人だと言える年頃ではない彼女らが、喪主であるロザリアの友人として、本当に聖堂全体の末席に近い場所であるにも関わらず座ってくれたとき、彼女らが自分に対しどのような思いを抱えていたとしても、ありがたいことだと思った。
 先ほどまで、早く金を返せと言ってきた者たちも、参列者の中には多く含まれている。彼らはとりあえず葬儀の後で、と言い残してどうにかロザリアを解放してくれたけれど、その『葬儀の後』を思うとロザリアは、すでに葬儀の前から暗澹たる気持ちに陥っていた。
 あと少しだ。あと少しで事業は軌道に乗り、たとえ少しずつでも負債は減らしていくことができていた。それなのに。
 そう思った瞬間、ロザリアは自分の思いに愕然とする。
 父を亡くしたということをわたくしは悲しまず……よりによって「あと少し」だなんて……!
 なんて……酷いことを。
 思わずその場にあった椅子にロザリアが、へたり込むように腰を降ろしたときコラが、通信装置を握り締めたまま駆けてきて叫んだ。
 「ジュリアス様が葬儀に参列されます!」
 耳を疑った。
 そして何よりも最初に思いついた言葉は、こともあろうに「やめて!」だった。
 ジュリアスが来れば、確かにカタルヘナ家の葬儀としては格好がつくだろう−−否。つき過ぎる。守護聖、しかもよりによって首座の、となればそれは、あまりにも身の程知らずな事態となってしまう。
 それに、すでに葬儀の正客として主星の大神官に願い出たばかりだ。ジュリアスが出るとなれば、いくら大神官とはいえ、ジュリアスとの格に差が生じる。
 ジュリアスは良いわ。その場限りの哀悼の意を表していけば良いのだから。けれどわたくしは……この世を生きていかなければならない。なのに、このままでは確実に大神官の心証を悪くする。そうしたら−−
 一瞬にしてそこまでロザリアが考えたときコラは、まだ言い切れていないかのように側に立ちつくしていた。
 「ばあや……?」
 「私には、わかりかねるのですが……」困ったように言ってコラは続ける。「ジュリアス様がロザリア様にお伝えするようにと……」
 先を促すようにロザリアはコラを見る。頷いて、コラは告げた。
 「『私』を上手く使え、と」
 瞬間ロザリアは、先ほど父に対して思ったときのように、自分の酷く浅はかな思いに対し赤面した。
 わたくしとしたことが……金を返せと責められ、狼狽えてばかりで。
 そうだ。
 本来ならばジュリアスは、このような行為を良しとはしない。それどころかむしろ嫌っていたはず。
 そう。それはジュリアスこそが最も理解していること。
 まさに今、目の前で展開しているジュリアスの、一つ一つの動きをとってみても、それが如実にわかる。
 ジュリアスは知っている。
 いかに自分という存在が、人々に畏怖の念をわき上がらせるか。
 その一方で、自分が声をかけてやったり話してやったりすることが、どれほど人を喜ばせ、その虚栄心をくすぐるか。
 そして、そのような行為を受けなかった他の人々が、どれほど彼にそうさせた人物を妬ましく思うか−−
 諸刃の剣だわ。
 普通に対応していたのでは、わたくしは『光の守護聖』の寵愛を受けた者として、今後も畏れられるのと同時に、酷いやっかみを受けるだろう。
 けれど、上手く立ち回れば、この、二十歳の小娘もそれなりに信用に値すると見なされ、とりあえずこの場を収めることができる−−もっとも。
 ロザリアは苦笑する。
 それから先は、本当にわたくしの力量次第。
 『この機会を、生かすも殺すも、ロザリア次第だ』だなんて。
 とうとうロザリアは小さく声を出して笑う。笑って呟く。
 「よくも言ってくれたわね……ジュリアス」
 くっ、と顎を引くとロザリアは、長いドレスの裾を巧みに捌いて、参列者のいる聖堂へと歩を進める。
 そして言う。
 正客は大神官であり、それを変えるつもりはない、と。
 ヴェールの向こうにジュリアスが見える。
 厳しいまなざしでわたくしを見つめている。
 あたかも、ここにいる人々−−わたくしを見極めようとしている人々の代表であるかのように。
 けれど。
 「よくおいでくださいました……ジュリアス様」
 ほとんど屈み込むように腰を落としてロザリアは、最敬礼をしてみせる。
 けれど、わたくしは知っている。
 あなたこそがわたくしの、最大の味方。
 最も強く、そして最も厳しい−−唯一の味方。
 「ロザリア」低いジュリアスの声が、聖堂に響く。「……残念であったな」
 頭を下げたままロザリアは、軽く首を横に振る。
 「ジュリアス様においでいただき……きっと父も喜んでいることでしょう」
 靴音が、こちらへ近づいてくる。そして床に落とした目線のすぐ前に、ジュリアスの足許が見えた。だがまだロザリアは、頭を上げない。
 「……もうチェスは……できぬがな」
 そのひとことでロザリアは、思いもよらず目頭が熱くなるのを感じた。
 だめよ。
 泣くのは後で。
 今では……ここでは……なくてよ。
 「頭を上げよ、ロザリア」
 そこでようやくロザリアは、ゆっくりと頭を上げる。だが腰は落としたままだ。
 「もう式が始まるであろう? 喪主のそなたの手を煩わせてすまないが、席へ案内してくれぬか?」
 その言葉でロザリアは、すっ、と立ち上がった。
 「……こちらへ」
 手で指し示しながらロザリアは、再びドレスの裾を捌くと、まだ跪いたままの大神官に向かい、告げる。
 「大神官様。喪主であるわたくしが大神官様を正客としてお招き申し上げたのです。どうぞ引き続きお受けくださいますよう」
 「だがロザリア」思わず大神官も立ち上がって言いすがる。「それではジュリアス様に対し、失礼であろう?」
 「ジュリアス様は、あくまでも父の友人の一人として来てくださったのです。お友だちとして見送っていただけることこそ」振り返り、後ろから来るジュリアスの方を見つめながら、ロザリアは続ける。「父の願いでもあるのです」
 微かに、ジュリアスの瞳が動いた。そして大神官もまた驚いた表情でロザリアを見る。
 「『彼』の……?」
 頷いてロザリアは言う。
 「最期の最期まで、わたくしと共に海へ行きたいと申していました。海へ行って、ジュリアス様とチェスをしたいと」
 そう。
 これは真実だ。
 「よりによって『八月』に逝ってしまうことを、本当に申し訳ないと最期までわたくしに」
 語末が少し、震えた。
 ヴェールが顔にかかっていることを、幸いに思う。
 短く息を吸うとロザリアは、静かに続ける。
 「詫びて……おりました」
 聖堂のそこかしこに、すすり泣く声が聞こえ始めた。大神官も、同じく目を潤ませてロザリアに歩み寄ると、ジュリアスに会釈をしたうえで、ロザリアの手を取った。
 「わかりました」頷いて大神官は、ジュリアスの方を見る。「畏れながら私が、正客を務めさせていただきます」
 「そうしてくれ」
 ジュリアスも頷いてみせると、ロザリアの方を見る。