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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆7

 「ここにいらしたんですね」
 聞き覚えのある声にゼフェルは、座席からがばりと身を起こしてその声がした方向を見やる。
 そこにはコラがいて、小さな盆にグラスを載せて微笑んでいた。
 「今、葬儀の真っ最中じゃねーのかよ」
 グラスを受け取り、中の冷えたミネラル・ウォーターをぐい、と一息に飲み干してゼフェルが言う。
 「何だかもう、私には場違いな気がしまして……」微笑みながらも少し疲れたような様子でコラが言う。「主のお見送りは、皆様が帰られた後にゆっくりとさせていただくことにしました」
 「……そっか」
 「ゼフェル様こそ……申し訳ございません。このような所でお待ちいただいて」
 そこは、今まさに葬儀の行われている聖堂から少し離れた場所だった。聖堂からは、こんもりと茂った樹々に隠れて、ゼフェルのエア・カーは見えない。
 「ああ、でもよ」くく、と軽く笑ってゼフェルはコラを見る。「おかげで、この家の乗り物類の格納庫の中はばっちり見せてもらったから、それなりに楽しかったぜ」
 「そのようですね」頷いてコラは、グラスをゼフェルから引き取る。「そちらにいらっしゃるということで行ってみたら、もうご自分のエア・カーにお戻りだと聞きましたので」
 「まあ、あんまりうろうろしてると、ジュリアスに叱られっからな」
 そう言ってからゼフェルは、コラから視線を外し、目の前の機器類を眺めつつ尋ねた。
 「……で、ロザリアは大丈夫なのかよ」
 心配してもらって、ありがたいことだと思いつつコラは答える。
 「懸命に……喪主を務めておいでです」
 「お貴族様ってぇのは面倒くせぇなぁ……ったく」
 あまりにも率直な物言いに、コラは笑ってしまった。だがゼフェルは別段それを咎める様子もなく続ける。
 「父親ぐらい、静かに見送らせてやりゃあいいのによ」
 「……本当に」
 思わずコラも同意してしまった。ゼフェルがへぇ、と笑って再びコラを見る。
 「ばーさん、おめーがそんなこと言っていいのかよ」
 「私はただ……ロザリア様がお気の毒で。でも」小さくため息をついてコラは言う。「でも、それだけではだめなんですよね……ロザリア様の置かれた立場では」
 「ジュリアスも同じこと、言ってたぜ」エア・カーのドアを開くとゼフェルは、助手席の座をぱんぱんと叩く。「ま、そんなトコで突っ立ってねーで座れよ」
 軽く会釈するとコラは、浅く助手席に腰掛けた。
 「ジュリアスは今回、『見せ物』に徹するって言ってたぜ」
 「……そうですね。私もさっき、やっとジュリアス様のおっしゃった言葉の意味がわかりました……」
 『私』を上手く使え、とおっしゃっていた、その意味を。
 「そりゃあいつなら、立ってるだけで充分、広告塔にはなるだろーけどよ」
 たぶん誉めていらっしゃるのだろう、とコラは、ゼフェルの言葉に対し曖昧に頷く。
 「派手過ぎて、扱いに困っちまうものだってあるだろう? なのに」
 座席にぐっともたれつつ、ゼフェルは笑う。
 「また妙な自信を振り回しやがって、『ロザリアなら上手くやる』ってきっぱり」
 ジュリアス様らしい。
 ようやくコラも、ジュリアスなりの愛情表現を理解しつつある−−それはとてもわかりにくいものだけど。ロザリア様が十五歳のとき、まるで放り投げるようにロザリア様を海へおやりになったのも、ロザリア様を信じての行為だった。
 「信じてやってんのはいいけどよ」傷めない程度にぽん、と軽く機器類の上に足を載せてゼフェルは言う。「もちっと優しくしてやりゃあ、いいのによ」
 とうとうコラは吹き出してしまった。
 「そんなにおもしれーかよ?」
 「いえ」そう言ったものの、笑いながら否定しても真実味がないと思ってコラは頷いてみせた。「はい……本当に」
 ただ−−コラは、ゼフェルには言わなかったけれど、今回のジュリアスは、少し様子が違うと思っている。
 それは喪服のサイズ直しが済み、ジュリアスが着心地を確認し終えた後のことだった。



 「ロザリアは……少しは休むことができたのか?」
 コラは首を横に振る。
 「もう、主の危ないことは周囲もわかっておりましたから……すぐ債権者たちが入れ替わり立ち替わり押しかけてきて」
 「……そうか」
 「悲しまれる暇も……ないようで」
 「母親のときと同じ、か」
 はっとしてコラは、ジュリアスを見た。事情はかなり異なるけれど、そういえば、そうだった。相変わらずロザリア様は、泣いて悲しみを発散させることすらできていない−−
 でも。
 「でも……たぶん、今晩あたり……」
 「ん?」
 コラは、話してしまっても良いかと一瞬躊躇した。けれど、こうしてここまで来てロザリアのために力を尽くしてくれているジュリアスに、話したとしてもロザリアに叱られることはないだろう、と思った。
 「庭へいらっしゃるのではないかと」
 「庭?」
 「ご家族だけの庭があるのです。私どもは入れません……鍵が必要なので」
 コラはロザリアの母の鍵を、彼女から預かっていたけれどそれは黙っていた。ロザリアにすらまだ話していないことだから。
 だがそれを聞くなりジュリアスは、ぴくり、と眉を動かした。
 「庭の……鍵?」
 妙に反応される、と思いつつコラは続ける。
 「ご家族だけで、たとえばお誕生日を祝ったり、悲しいことがあったりしたときには集まって、静かに過ごされたりする場所……のようです。ロザリア様は……ジュリアス様もご存じのとおり……そうそう人前で泣くような真似はなさいませんので」
 「そうか、だが……」
 そこまで言いかけてジュリアスは、口をつぐんでしまった。
 何を言おうとされていたのだろう。
 何を思われていたのだろう。
 コラはそれが、少し気になっている。



 静かな場の向こう、どっとざわめきの声がコラとゼフェルの耳に入ってきた。
 「……終わったみてぇだな」
 足を降ろし、もたれていた座席の背から身を起こしてゼフェルが言う。
 「戻ります」
 そう言ってコラはエア・カーから出てゼフェルに会釈すると、盆と空のグラスを持ち、早足で聖堂へと向かった。