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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆8

 虫の声がよく聞こえてくるようになった。
 日がほとんど沈みかけた今、カタルヘナ家の聖堂辺りもようやく静けさを取り戻しつつあるようだ。
 同じ主星であっても、もちろんあの海とカタルヘナ家とではずいぶん場所が離れているから、当然気候も異なる。八月の暑い夏ということ自体は変わらなくとも、海よりもこちらの方が幾分湿気を帯びた熱があった。
 だからさすがにジュリアスも、大神官を見送った後に脱いだ黒の上着を腕にかけ、シャツの襟元を少し緩めていた。
 「ジュリアスでも、そういうことをするのね」隣でヴェールを上げて顔を出したロザリアが、微かに笑った。「どんなに暑くても長袖で、しかもジャケットは脱がないし、靴をきっちり履いてきていたから、以前はとても不思議だったわ」
 「……そういうものだと思っていたのだ」
 ぼそりとジュリアスは言う。海での−−海でなくとも−−聖地の外で過ごしたことなど、ジュリアスには経験がなかったのだから。
 「聖地は常春ですものね」
 ジュリアスが思っていたことを見透かしたように、穏やかな口調でロザリアが言う。頷きながらジュリアスはしかし、妙に胸がざわめくのを感じていた。
 おかしい。
 ロザリアが、おかしい。
 実の父親の葬儀が滞りなく終わり、正直なところ、ほっとしている気持ちもわかる。
 けれど。



 葬儀の間、そして招いた参列者の見送りや、聖堂に入りきれなかった一般参列者の出迎えおよびその見送りと、ロザリアが忙しく、けれど周囲にはそのように見せず優雅に立ち回る姿をジュリアスは、少し離れた所から静かに見守っていた。
 自分が前に出る−−首座の守護聖という顔を見せる−−のは葬儀の前の、あの大神官との挨拶時だけとジュリアスは決めていた。ここでの主役はロザリアで、その脇を固めるのは正客である大神官であり、決して自分ではない。あくまでもジュリアスは、ロザリアの父の『友人』としてここへ来ているのであり、やたらロザリアと親しげな様子を人々に見せ過ぎてはいけないし、この葬列の正客たる大神官に対し、居丈高な態度で接するのも良くない。後は控えめに。とにかくロザリアが、唯一の拠り所である父を亡くしてしまった心許ない二十歳の若い娘ではなく、カタルヘナ家の新たな主として堂々とした態度で臨み、信用に足る人物であるということを、今はたとえ見かけだけであったとしても示すことが肝要なのだ。
 もっとも。
 ジュリアスは、隣を歩くロザリアに見咎められぬよう、ほんの少しだけ口角の片方を上げる。
 もうとっくに、見かけだけでは……ないようだがな。
 ジュリアスは参列者の見送りの最中、数人の者たちがロザリアをちらちらと見ているのを見咎めた。ああ、あの者たち−−債権者たち−−かと思い、少し『威嚇』しておこうかと思った矢先、ロザリアの方から彼らの許へ向かっていった。
 そして話をしている間中、確かにロザリアは頭を下げはしたものの、決して怯んだり、脅えたりした表情は見せなかった。それどころか最後は、集まった者たち全員と握手を交わして彼らを見送った。
 どうやら……催促をかわすどころか、まんまと協力者に取り込んでしまったらしい。
 安心してジュリアスは、ロザリアが他の客たちを見送る様子を眺めていた。



 とはいえジュリアスも、何人かとは話をした。
 大勢の人々が聖堂から外へ出る間ジュリアスは、入口近くの椅子に座って人が減るのを待っていたのだが、そこへやってきたのは大神官だった。もう、伏せこそはしなかったものの、片膝をつき、胸に手を持っていって頭を下げるという丁寧な礼をしてみせると、ジュリアスに、お疲れ様でしたと言った。
 「よく正客を務めてくれた。私からも『彼』のチェス仲間として礼を言う」
 そう言ってジュリアスは椅子から立ち上がると、大神官の手を取って椅子に座るよう促した。
 「そ、そのような、もったいないことを」
 「別に大したことではない」ジュリアスはそう言うと軽く力を込めて、年老いた大神官の腕を引いた。「少し話をしたいだけだ」
 そこで二人は、『彼』がいかにチェスについて下手の横好きであったかを話し、場が場だけに大きくではないが、ひっそりと笑い合った。
 私も『彼』とチェスをしては、毎度勝たせてもらいましたから。そう言って大神官はジュリアスの話に同意しつつ微笑んだ。
 「ならばそなたも私も、『彼』のチェス仲間という訳だな」
 これについては別に、大神官を煽る意味ではなく、いたって素直に言っただけなのだが、それを聞いて大神官はとても嬉しそうな表情を見せた。だがさすがに彼はすぐ笑みを控え、呟くように言った。
 「……仲間が減ってしまったのは……寂しいことです」
 ジュリアスはその言葉に頷くと、すっと視線を、他の参列客に挨拶をしているロザリアの方へ向けた。向けたまま大神官に告げた。
 今日、彼に対し一番言いたかったことを。
 「その仲間の愛した娘だ。どうか盛り立ててやってくれ」
 もちろんですとも、と大神官は深く頷いてそれを請け負った。



 ミレイユとシルヴィの二人については、ジュリアス自ら声をかけた。彼女たちはもう、ロザリアの母親と言ってしまってもおかしくない年齢に達していた。ジュリアスからすれば十五歳だった彼女たちの顔の方が記憶にあるものの、ヴェールを上げた顔をよくよく見れば、なんとなく当時の面影は感じられた。
 「……光の守護聖様でいらしたなんて」おずおずと挨拶した後、口火を切ったのはミレイユだった。「とても驚きましたわ」
 「まあ……そうであろうな」
 そう言ってジュリアスは苦笑した。そこで少し緊張がほぐれたのか、ミレイユの横からシルヴィが口を開いた。
 「ロザリアはもうとっくに知っていたんですよね?」
 それを聞くなりミレイユが、シルヴィの黒いドレスのひだを指できゅっと引っ張るのを、ちらりと目の端で見ながらジュリアスは、いいや、と首を横に振って言う。
 「女王候補となった後にな」
 「……じゃあ、ジュリアス様の方がご存じだったから」
 ますます強くミレイユが、シルヴィのドレスのひだを引っ張る。好奇心が旺盛なのだなと少し可笑しくなってジュリアスは、ふっ、と笑った。
 「私もそのとき初めて知って驚いたのだが……どうした?」
 そうジュリアスが問うたのも無理はなかった。二人とも、ジュリアスの顔を見たまま呆けた表情でいた。ミレイユももう、シルヴィのドレスのひだから手を離してしまっている。訳もわからぬままジュリアスは、とりあえず悪い状況ではないようだと思い、話を続けた。
 「こちらにもう、ロザリアと同い年の友人はいない……だからせめて、そなたたちは仲良くしてやってほしい」
 ジュリアスの、その言葉に二人とも、揃ってこっくりと頷いてみせた。