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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆9

 「そういえば」ジュリアスの横でロザリアが言う。「ミレイユとシルヴィがあなたと話をしていたとき、ぼぅっとしていたでしょう?」
 「……ああ。それが?」
 「ジュリアスが、あんなすぐ目の前で二人に笑いかけてあげたからよ」
 「どういうことだ……?」
 その問いを無視して、ロザリアは続ける。
 「他の参列者の女性たちから、ずいぶん睨まれたって」愉快そうにロザリアは笑う。「後で大変だったって、シルヴィから挨拶代わりにぼやかれたわ……彼女ときたら、二十年以上経っていても、あの言い様は相変わらずだったわね」
 「……私はただ、言葉をかけただけだが」
 呆れた様子でロザリアが言う。
 「妙なところでわかっていないのね、ジュリアスったら」
 「何が」
 だがロザリアは、もうそれ以上応えなかった。
 「……ゼフェル様!」
 エア・カーのドアにもたれて立っているゼフェルの姿をみとめるとロザリアは、ジュリアスよりも少し歩を速めて彼の許へ行ってしまった。そしてゼフェルの前に立つと、軽く腰を落として挨拶をしている。
 ゼフェルの、明らかに狼狽えている様子がわかる。
 今朝、あの海のホテルに着いたときは、エア・カーのことを話したい一心だったかもしれない。何故ならゼフェルの中のロザリアはまだ、女王候補の頃の……十七歳の彼女のままだったから。けれど彼女はもう二十歳。しかも黒……ではない濃紺の長いドレスを身にまとい、つい先程まで喪主として全く乱れることなく式を進め、大神官をはじめとした主星の重鎮たちや、金を返せと迫っていた債権者たちと互角に渡り合った直後の彼女に、もはや少女の頃の名残は全く見られなかった。
 それでもどうにかゼフェルが、戸惑った表情のままロザリアに悔やみの言葉を告げている間、ジュリアスは腕に掛けていた上着を、ぽん、とエア・カーの後部座席に放り込んだ。
 「……お疲れ」
 ロザリアからの挨拶をひととおり受けるとゼフェルは、ジュリアスの顔を見てむしろ少しほっとしたような顔になって、短くジュリアスを労う。
 「待たせてすまなかったな」
 「それは構わねーけど……」ロザリアと、その後ろから静かについてきていたコラに向けて顎をくいと動かして示しながらゼフェルは、小声になって言う。「思ったより、ずっと元気そうだな」
 言われてジュリアスは、ロザリアの方を振り返る。
 ロザリアは、もはや泰然自若としてそこに立っている−−とても穏やかな笑顔のままで。
 ジュリアスはこのようなロザリアに対し、以前、妙に違和感を感じた覚えがある。
 表情には出さない。
 決して出さない。
 けれど。
 無意識に、ロザリアの手を見る。ヴェールやドレスと同じ濃紺のレースの手袋で包まれた手は、ドレスのひだの中に埋もれてしまっていてますます様子が見えない。
 そこでジュリアスは、すっと右手をロザリアに差し出した。そのとたん、ロザリアの表情が強ばった。
 たぶん。
 たぶん−−私の思っているとおり。
 「どうした……? 私からの握手は受けてもらえぬのか?」
 「い……いいえ!」
 慌てて言うとロザリアは、手袋を外して手を差し出しかけたものの、一瞬その動きを止める。そして今までジュリアスに対し真っ直ぐ見つめていた目を逸らし、唇を噛んだままおずおずと、再びその手を差し出した。
 やはり。
 ジュリアスは思わず目をぎゅっと閉じ、再びぱっと開いて自分の掌の上のロザリアの手を、その指先を見る。
 小刻みに震えている。
 止めようとしているようだが、止められないらしい。目どころか顔ごとジュリアスからそむけてロザリアは、ジュリアスがさっさとその手を『黙って』握るのを待っている。
 だがジュリアスはロザリアの、思いどおりにはならない。
 「……指先を震わせるのはそなたの」
 「ジュリアス!」とうとうロザリアは、悲鳴に近い声を上げた。「やめて! 言わないで!」
 ぎょっとしてゼフェルとコラが、ロザリアを、そしてジュリアスを見ている。だがジュリアスは構わず、ぎゅっとロザリアの手を握り締め、ロザリアを見据えた。とたんにロザリアは、その手を抜こうと手首から腕にかけて動かし始める。
 「……放して!」
 だが力ではジュリアスに勝てるはずもない。それでもロザリアは、なおもジュリアスから離れようとせんばかりに激しく腕を捻り続ける。
 「この期に及んで、我慢などするな!」堪えきれずにジュリアスも怒鳴る。「私の前でまで……演じるな!」
 びくり、とロザリアの肩が大きく揺れる。けれどロザリアは、相変わらず顔を見せぬよう俯き、どうにかしてジュリアスから逃れようとしている。
 なんと頑固で、強硬な態度なのだろう。
 ジュリアスは酷く腹立たしくなり、掴んでいた腕を思い切り強く引いた。ロザリアの顔がジュリアスの胸に当たり、すっぽりと中へ収まるように躰が入り込んできたけれど、それでもまだロザリアは、いやいやと、頭を振ってあがくのだった。
 もう一度、ジュリアスはきつく目を閉じる。閉じて考える。
 そこでコラからの、『庭』の話を思い出す。
 その庭でなら、ロザリアは泣くという。家族だけが持つ『鍵』の向こうの庭。
 だが……もう、誰もいないではないか。
 ロザリアしか、いないではないか。
 最初から一人なら、それでも良い。そういう場所があっても良い。けれど。
 ずっと家族だけで過ごしたというその庭で、もうロザリアしかいないというのに、そこでロザリアは泣くと言うのか?
 泣ける、と言うのか?
 「違う」
 小さく、けれど叫ぶようにジュリアスは言う。
 違う。そこではない。
 そういう所で、一人で泣かせてはならない−−
 瞬間ジュリアスは、ぐい、と握った手を腕ごと押し返し、ロザリアを自分の身から引き離した。
 その動きにはっとしてロザリアが顔を上げるのと、ジュリアスがロザリアに背を向けたのとは、ほぼ同時だった。だが依然としてジュリアスはロザリアの手を握ったままであり、それどころか再びぐいと前へ引っ張ったので、今度はジュリアスの背に、ロザリアは顔を軽くではあったけれどぶつけてしまった。
 「ちょ、ちょっとジュリア……」
 だがジュリアスは黙ったまま、空いている左手も後ろへ回してロザリアの左の手首を掴み、その両手を前へ回して合わせる。
 そうしてロザリアは完全にジュリアスの背に拘束され、まるで後ろからジュリアスに抱きついているような格好になった。
 「これならば良いであろう」
 前を見たままジュリアスが言う。震え続ける指の動きを、その手の中に感じながら。
 「私から、そなたの顔は見えない」