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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆6

 そうして、先程よりもずっと大きな喝采を浴びて、この、奇妙な演奏会が終わった。その瞬間、聴衆の側を横切り駆けてくる女性がいた。
 「ママーッ!」
 さっきまでロザリアの目の前で演奏を楽しげに聴いていた少年が、ワッと泣いてその女性に飛びついた。彼女の後ろには、ホテルのコンシェルジュが立っている。
 呆気にとられているロザリアに、ジュリアスが屈んでそっと告げた。
 「初めての海で嬉しくて出歩くうち、迷子になったらしい」
 はっとしてロザリアはジュリアスを見た。ジュリアスはロザリアに微笑みかけるとすっと躰を起こし、女性とコンシェルジュを見た。
 「見つかってなによりだ……そなたもご苦労であったな」
 コンシェルジュに労いの言葉を掛けるとジュリアスは再びロザリアを見た。
 「このような所で演奏をさせてすまなかったな」
 「あ……いえ」
 「親はとっくに見つかっていたのだが、引き取りに来るまでの間、ロビーでうろうろしていたものだから、見かねて私が相手をしていたのだ」
 礼をしつつ去っていく女性と、手を振る少年に軽く会釈しながらコンシェルジュが続けた。
 「ええ、このうえ、どこかへ行かれるとまた迷子になってしまいますからね。お相手をかって出ていただけて何よりでした」
 「暇だから……な」
 苦笑してジュリアスは言った。
 「海へは?」
 「水の中自体、入ったことがない」
 その言葉に、思わずロザリアが割って入った。
 「海の中はとても気持ちが良いですのに!」
 言ってしまってからロザリアは、出過ぎたことをしたと思った。案の定、ジュリアスはちらりとロザリアを見た。
 「今日の海水浴はお休みですかな、ロザリア様」コンシェルジュが助け船を出すようにロザリアに尋ねた。「午後はいつも海へお出かけですのに」
 「ええ、あの海洋療法のサロンが」
 そこで言葉を止めると、コンシェルジュはああ、と納得したように頷いた。
 「そうでした。それでは午後もヴァイオリンの練習を?」
 「ええ、音楽室の鍵を貸してくださる?」
 「かしこまりました。少々お待ちください」
 コンシェルジュが行ってしまうと、ジュリアスはロザリアを見た。
 「ロザリア。演奏してくれた礼をしたいのだが、そなたの練習後の予定は?」
 ロザリアはどきりとした。本当は今すぐにでもついていきたい気もしたが、それではあまりにもはしたないと思った。それ以前に、彼は『ジュリアス』というだけで、いったい何者なのかもわからない。少し古風な物言いをするが、きちんとした言葉遣いだ。だからといって、親の留守中についていって良いものかと考え直した。
 「あの」
 「ああ」ふっと笑うとジュリアスは言った。「そなたのご両親には私から話を通しておく。ヴァイオリンの練習後に甘いものでもどうかと思っただけだから」
 ロザリアは自分でもほっとしているのがわかった。それほど正統な手続きを踏んでくれるのであればロザリアとしても申し分がなかった。何より、彼から誘われたのは嬉しいことだった……もちろん、それを表面に出しはしないけれど。
 「そうしてくださるのであれば」
 「そうか」
 そう言うとジュリアスはラウンジの椅子に座るようロザリアに促し、自分もその向かい側に座った。
 「ここでの午前中は、食堂での朝食とそなたのヴァイオリンを楽しみにして過ごしている」
 やはり。ロザリアは自分のヴァイオリンのことももちろんだが、朝食と彼が言ったことを嬉しく思った。
 「パンがとくに」
 二人の声が揃った。
 思わずロザリアは赤面したが、前でジュリアスが声をあげて笑っているのにつられて笑った。
 「焼きたてが良いことはわかってはいるが、日中の腹ごなし用にもう一つ欲しいほどだ」
 ほぅら、こんなに美しい方でもそう言うのよ。
 ロザリアは件の老婦人たちに言ってやりたい気がした。だがそこで、はたと気付いた。
 「あの、わたくしのヴァイオリンって……」
 「ここに来た日の翌朝、そなたのヴァイオリンの音で目覚めたのだ」
 ぎょっとしてロザリアは立ち上がった。
 「も、申し訳ございません。窓を開けていたから……うるさくしてしまって」
 「違う」
 手を振って座るよう促すとジュリアスは苦笑して言った。
 「私にしては大層遅い時間ではあったが、とても気持ちの良い目覚めであった。ちょうど誕生日の朝だったのでとくにそう思ったのかもしれぬ」
 「お誕生日……?」
 あの三日前の十一時過ぎの食堂での出来事の日だったとしたら……ロザリアは計算してみた。
 「八月の……十六日?」
 「ほぅ」ジュリアスは少しだけ驚いたように目を見開いた。「よくわかったな」
 思ったことが当たって嬉しくなったロザリアは、にっこりと笑って言った。
 「少し過ぎてしまいましたけど……お誕生日、おめでとうございます」
 それと同時にジュリアスの顔から笑みが消えた。何かいけないことを言ってしまったのかと思い、ロザリアも笑むのをやめた。
 「……ああ、すまない……つい」ジュリアスは苦笑して続けた。「いや、私の誕生日など祝ってくれる者はいないと思っていたので驚いて」
 「な……!」ロザリアは言うなりぐい、と身を乗り出した。「どうして? お誕生日はとても大事な日ですのよ? その人が生まれた日ですし、産んでもらえた日ですもの!」
 そこまで叫んでロザリアは自分の声が大きいことに気付き、赤面して身を引いた。
 「……ジュリアスさんのお誕生日は祝ってもらえなかったのですか?」
 「まあ……今さら祝いもなかろう」苦笑したままジュリアスはコンシェルジュが来たことを目でロザリアに知らせ、告げた。「そなたから祝いの言葉を受けたのは嬉しく思う。ありがとう」
 立ち上がるとジュリアスは「それではな」と言って去ろうとした。
 「お待ちになって」コンシェルジュから鍵を受け取りながらロザリアはジュリアスに向かって言った。「わたくしどもの夕食にご招待いたします。お祝いをさせてください」
 「え?」それにはジュリアスも心底驚いたようだった。「ロザリ……」
 「このロザリア・デ・カタルヘナがご招待すると申し上げているのです。後ほど、父から連絡させていただきます。それではごきげんよう」
 ジュリアスの顔を見ず、言葉も聞かず、礼もすることなく身を翻してロザリアは、小走りでラウンジを後にした。そして突拍子もないことを言ったと思ってみたが、別段それほど後悔もしていない自分に気付く。
 この長い滞在期間中、ある意味刺激を求めて、親しくなった家族と共に食事をしたり、お茶を飲んだりすることはよくあるから、食事に招待するということ自体はそれほど問題にはならない。しかしそれが、両親によるものでなく十二歳のロザリアからの申し出であり、しかも相手は『ジュリアス』という名の、今日、初めて言葉を交わした男だということが問題なのだ。
 音楽室の中に入ったロザリアは、一瞬窓をどうしたものかと思ったが、やはりいつもどおり開けることにした。午後に音楽室を使うのはこれが初めてだったが、少し入っていた陽射しによって暑く感じたから、冷え過ぎない程度に空調の利いた部屋の中であっても外の空気が入るとすっとして気持ちが良かった。