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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆5

 デッキの上で、ロザリアは大きく背伸びをした。
 泳ぐと気持ちが晴れるのは、十五歳の頃と同じだ。ただし、十五歳とは異なり、泳いだからと言って完全に吹っ切れた訳ではない。
 思えば十五歳の頃は無鉄砲で、十六歳に至っては、無鉄砲などという言葉では言い表せないようなことをした。
 なんてあの頃は勇気があったのだろう。それがどういうことかよくわからないまま、ただただ、女王となる前の、只人としての思い出を作りたいためだけに、思いの丈をジュリアスにぶつけた。
 今夜、一緒にいてくれと、抱いてほしいと、せがんだ。
 ところが。
 去年のあのとき、わたくしと来たら。
 思わずロザリアは、せっかく青空と青い海の間で気分良く伸ばした躰を、ぎゅうと縮めて顔を伏せる。
 今でも思い出すたび、あまりの情けなさに赤面してしまうほど。
 それほどにわたくしは震えていた−−



 ジュリアスの、腰に回された腕の力の強まるのがわかる。肩を押していた手は互いに合わさった胸の間で折り曲げられて用を成さなくなり、唇はとっくに覆われ、それどころか強く吸われて舌まで激しく絡み取られ、完全にロザリアの動きと息を止めさせる。何が起こったのかわからぬままロザリアは、やがてジュリアスの腕を掴んでいた方の手の指先をぶるぶると震わせ始めた。
 そのとたん、ジュリアスの腕がびくりと揺れて、もう片方の腕の力も緩んだ。緩むと指先の揺れは躰全体に及び、唇が解放された後もそれは続いた。
 あの十六歳のときに拒まれてからというもの、漠然と、いつか恋人同士のように触れ合えたら良いのにと思いながらも、一方で『家族』化することに慣れていく−−慣れようとする自分もいた。
 厳しいけれど、唯一の味方。そして安心して泣ける相手でもあった−−背中越しではあったけれど。八月に会えるだけでも幸せだった。これ以上、拒まれたくはなかった。だから、もうそれで−−『家族』のようなもので良いのだと思い込もうとしていた。
 なのにまさか、ジュリアスの方からいきなり『家族』の枠を飛び越えてくるとは−−口づけられるとは−−思わなかった。
 「乱暴に扱ったことは詫びる。けれど」もはやジュリアスは、ロザリアから目を逸らしはしなかった。「戯れにしたつもりはない」
 もう、妙な誤解はしてほしくなかったのでロザリアは、ジュリアスの腕の中、緩く抱かれたまま何度も頷いた。
 その間も震えが、いっこうに止まらない。
 「私が恐いか」
 嘘をつく気力もない。力なく、ロザリアは頷く。
 「……今は」
 「では……来年は?」
 震えたままだけれどロザリアは、ジュリアスがロザリアと会うのをやめるつもりがないことがわかって嬉しく思った。そしてそれ以外のこと−−ロザリア自身−−を望んでいることも。
 きちんと伝えなければならない、と思った。
 「きっと……恐く……ないわ」
 そう言った瞬間ロザリアも、『家族』の枠を越えた。
 「良かった……」
 ほっとしたように、ジュリアスが笑った。
 その笑顔を見てロザリアも、ほっとした。震えも少し治まった。
 ゆっくりと、ジュリアスの掌が、再びロザリアの頬に触れる。そしてしばらく様子を見るかのようにそこで留まっていた。微かな震えはまだ続いていたけれど、ロザリアはジュリアスを促すように目を閉じた。
 「……許せ」
 柔らかく、ロザリアの唇が覆われる。もう舌をねじ込むようなことはなく、唇に、唇が触れているような、穏やかな口づけだった。



 唇を指でなぞると、海水に触れたそれが少し塩辛い。そういえば……去年、口づけられたときも、わたくしの涙を舐めた後のせいか、少し塩辛く感じた。
 そう。
 今年はもう、『家族』では済まない。
 わたくしだって、それなりに覚悟はしてきた。
 相変わらず少し恐いけれど……それ以上に嬉しいというか……期待もあった。
 けれど。
 部屋の予約はできていないし、ばあやもいない。
 なんておあつらえ向きな状況。
 いかにも、な口実にまみれた、わたくし。
 だから、こんなわたくしがあなたの部屋へ押しかけたところで、あなたはわたくしをすぐ受け入れてくれるでしょう。
 いいえ。
 それどころか、自らわたくしを自分の部屋へ招き入れるだなんて。
 「あら、でも」
 わざとおどけてロザリアは、声に出して言ってみる。
 そういえば、ジュリアスの休暇の初日はリュミエール様とゼフェル様がいらしているけど、お二人はエキストラ・ベッドだっておっしゃってたわ。もっとも、ゼフェル様はたいていソファに寝転がってることが多いとか。
 ぷっ、とロザリアは吹き出した。
 わたくしもそうだったりしてね。
 ジュリアスなら言いそう……すごく真面目な顔をして、『エキストラ・ベッドを用意させた、だから安心して休め』だなんてね。
 こんなにわたくしがバタバタとあがいている割に、ふたを開けてみればそういうことだって−−



 大きくため息をついてロザリアは、再び空を仰ぐ。
 わたくしときたら、いったい何を考えているのやら。
 愚かだと、わかっている。
 望まれているのに、妙にへそを曲げ、拗ねている。
 でも嫌なの。
 こんな状態でジュリアス、あなたと−−



 そのとき。



 微かに、通常の波の音以外の、バシャ、バシャという水音が聞こえ始めた。
 はっとしてロザリアは、デッキの中の、最も端の方へ駆けてその音の方向を見る。
 誰か……泳いでくる。
 波の合間に見えるのは−−黄金色。
 「……ジュリアス!」
 思わず口に出して叫ぶとロザリアは、そのまま身を躍らせ、海の中へと飛び込んだ。