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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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あなたと会える、八月に。

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◆6

 「目標がある方が」リュミエールが言う。「距離は伸ばせます。がぜん、意欲も湧きますしね。ですが……」
 少し、困ったような表情でリュミエールはジュリアスを見る。
 「そのまま突っ走ってしまわれそうで……」
 「帰りの体力は温存……であったな、わかっている」
 そうは言ったものの。
 ……どうやら、全くわかっていないようだな、私は。
 バシャバシャと、海面から弾かれる水滴の音が大きくなりつつあるのがわかる。おざなりな腕の振り方をしているからだ。そのうちこれが、一気に聞こえなくなるだろう……動かすこともできぬほど、疲れ果てて。
 もうたぶん、引き返すのは無理だ。ずいぶん先までやって来た−−とうとう、デッキに立っているロザリアの姿を肉眼で確認できるほどに。
 だが見えていても、依然としてそこは遠い。泳いでも泳いでも、小屋も、ロザリアも、近くならない。
 それにしても。
 苦笑する気力もなく、ただがむしゃらに腕を、足を、動かしながらジュリアスは思う。
 我ながら愚かなことを。
 食事の予約をしているのだから、そこで捕まえれば良いことだ。悠然と待ち構え、余裕を見せてやりながら−−このように、バタバタとあがいたりせずに。
 だが一方で、ジュリアスに警鐘を鳴らし続けるものがある。
 今、捕まえておかなければ後悔する、と言っている。
 『関係のないこと』と言われてしまう前に−−



 『関係のないこと』。
 今、思い出しただけでも胸に酷い痛みを覚える。
 初めて、ロザリアから拒まれた。
 考えてみれば、自分はロザリアを拒んでばかりいた。
 拒まれるということが痛みを伴うものだと、ジュリアスはわかっているような気になっていたけれど、これほどのものだとは思わなかった。
 そしてこれほどの痛みを覚えることの意味を、ようやく知った。
 だから一年……二週間経った今も、拒まれることを極度に恐れている自分が可笑しかった。
 「……遅い」
 もうとっくに、エア・カーはホテルに着いているはずだ。
 再度、フロントに連絡しようとソファから立ち上がったところで、そのフロントからの通信装置が起動する。
 「……ジュリアス様」
 あのコンシュルジュだ。
 「ロザリア様は、日帰りするつもりだと仰っています」
 声も出なかった。
 拒まれた。
 また、拒まれた。
 そう思った、そのとき。
 「ですが……食事の予約はそのままになさっています」
 なんという……滑稽なほどの律儀さ。同室することは拒んでも、私の誕生日は祝い続けると言うのか?
 それとも。
 「ロザリアはどこへ」
 「海へ。水着に着替えてお出かけに」



 聞いたとたん部屋を飛び出し、こうして延々泳ぎ続けている。
 確かに、リュミエールが休暇の初日に来てくれる甲斐もあり、泳げる距離は格段に伸びた。それでも小屋までには到底行き着かず、ロザリアが小屋のデッキで背伸びをしている様子をいつものように、双眼鏡で確認するのが関の山だった。リュミエールは相変わらず、律儀にデッキへは上がらず、海中の柱にだけ触れて帰ってくるのが常だったけれど。
 そうこうするうちに、飛沫の音が小さくなってきた。もちろんそれは、無駄な力を使わずスムーズに腕や足を動かしているからではなく、どちらも動かなくなってきたからだ。ともすれば沈みそうになるところでジュリアスは、どうにか気力だけでそれを動かす。
 ときどき、正面に顔を上げて確認する−−小屋の場所、ロザリアの姿を。
 頼む。
 頼むから、私が泳ぎ着くまで、小屋にいてくれ。
 ロザリアはたいていそれほど小屋に長居はしない。軽く背伸びをし、たぶん一度くらいはデッキの上で横になっているかもしれないが、すぐまた海へと取って返す。それを思えば今日はずいぶん長く小屋にいる方だ。
 私と会いたくないのか。
 後ろ向きになる思いを払い除けるようにジュリアスは、気力を振り絞って腕を前に出す。むしろ長居を、幸いと思わねばならない。もしも今、ロザリアに海へ飛び込まれたらジュリアスは、もうとてもではないがロザリアを捕まえることなどできない。目標を失って、小屋へ辿り着くことすら難しくなるかもしれない。もちろん、海岸へ戻る体力など、とっくになくしてしまっている。
 とにかく……今は前へ。
 前へ。前へ。
 そして再び顔を正面に上げた、そのときだった。
 ジュリアスの目に、ロザリアの飛び込む姿が映った。



 愕然としてジュリアスは、思わず泳ぐことをやめてしまった。そして、頭を海面から出し、すっかり他の動きについていかなくなってしまった手足を、立ち泳ぎのため懸命に動かして、辺りを見回す。
 今日の波のうねりは、幸いそれほど高くない。だからロザリアが泳ぐ姿ぐらいはどうにか見つけられるはずだった。だが飛び込んだ後の、ロザリアの姿も、それらしき飛沫も見当たらない。
 もう、立ち泳ぎの腕と足すらだるく、動かすことができなくなってジュリアスは、すぅ、と水中に沈んだ。
 そして、見つけた−−ロザリアを。
 速さを重視して、潜水して泳いできたらしい。あっという間にロザリアは、ジュリアスの側にやって来た。
 ロザリアの腕が、ジュリアスへと伸びる。だがその瞬間ジュリアスは、ロザリアが十九歳のとき腕と胸によって抱えられて海岸へ戻ったことを思い出し、すい、とロザリアから離れて首を横に振る。
 今は、あのようなことをさせたくなかった。本音を言えば、そうして欲しいぐらい疲れ切っていたけれど。
 怪訝そうな顔をしてロザリアがこちらを見ている。
 怒っているであろうな。またこのような無謀なことをしでかして、と。
 それでも。
 そのときロザリアが、ジュリアスの回りをぐるりと泳いでみせると、すい、と元来た方向へゆっくりと泳ぎ始めた。
 ついて来い、ということだな。
 息が堪えられず、ぷは、と海面で一度息を吸うとジュリアスは、少し離れた海面から、やはり同じく顔を出してこちらを見ているロザリアめがけ、再び泳ぎ始めた。