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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆8

 去年。
 人気の少なくなったロビーを横切るときジュリアスは、ソファに一人座っているコラを見つけた。
 そこから、このホテルの最上階にあるジュリアスの部屋へ直行する移動装置の入口が見える。
 私を……待っていた……?
 「何か用か」
 ソファに座ったコラを見下ろし、ジュリアスは言う。少々強ばった表情になってしまうのは、どうしようもない。たった今自分は、彼女の主−−ロザリアを、激情に任せて酷い目に遭わせたばかりだ。もっとも、コラがいなかったから加速してしまったことも否めないけれど。
 ……ここで、ずっと待っていたのか?
 「ロザリア様への誤解は、解いていただけたのでしょうか」
 いつになく、きっぱりと言うコラにジュリアスは、ばつが悪くなった。自分一人が、先回り、空回りしていたことを指摘されたようだった。
 もしもあのまま……私が誤解したままだったら、それを諫めようとしてここにいたのだろうか。
 ため息をつきつつ、コラの横に座るとジュリアスは、ああ、と頷いた。
 「大神官様に、ロザリア様を頼むとおっしゃったのはジュリアス様、あなたではありませんか」
 そうだ。確かに、盛り立ててやってくれ、とは言った。
 「その大神官様からの縁談を、ロザリア様がそうそう、無下<むげ>にはできないことだっておわかりのはず」 ぐうの音も出ない。
 自分で蒔いた種、と言う訳か。ここで都合良く、縁談まで世話をしてやってくれとは言わなかった、などと言ったところでそれは虚しく響くだけ。
 我ながら……愚かな振る舞いでロザリアには酷いことをしてしまった。
 一方、ジュリアスに構わず言うだけ言ってコラは、ふぅ、とため息をつく。
 「私のためもあって……とりあえずそのお相手と会われたのですよ、ロザリア様は。私が妙な夢を持ったものですから」
 「……夢?」
 「私が生きている間に、ロザリア様が良い伴侶と結ばれることを」



 陽射しを背に受け、見上げた位置にあるロザリアの表情が見えない。
 けれどジュリアスは、確実に今、ロザリアの表情が変わったことを気配で感じ取った。だが黙ったままなのでジュリアスは、気にしつつも話を続ける。



 「あなたが守護聖様でなかったらと、どれだけ思ったことか……ジュリアス様。それでも」真っ直ぐジュリアスを見据えたまま、コラは続ける。「あなたがまだロザリア様を、『家族』のように見ていらっしゃる間は良かった。いくらロザリア様があなたのことを異性として慕っても、それは良い意味での片想いに終わると−−けれど」
 コラは言う。
 幾度となく、つながりの強さを感じた。
 互いに−−とくにあなたが意識なさっていないだけで、明らかにこれはもう離れがたい関係だと認識せざるをえなかった。
 最もそう思ったのは先代の主の葬儀。
 『家族』としてよくやってくださったと思ったけれど、最後にあなたもロザリア様と共に泣かれた−−楽しいことだけでなく、悲しいことも共有されてしまった。
 そして今。
 あなたはロザリア様の、ささいな言葉に傷ついた。
 傷つくほどに、ロザリア様のことを−−
 ジュリアスの、きつくなった視線に全く怯む様子もなくコラは、言い続ける。
 ロザリア様は絶対に、約束を違えない方。
 一生、八月にはあなたの誕生日を祝い続けるでしょう。
 そして一生、あなた以外の誰に対しても、身も心も委ねることはないでしょう。だから二十五歳の今もロザリア様は−−
 ふとコラは言葉を止めると、少し表情を緩めてジュリアスを見る。
 「来年の八月もここへいらっしゃいますね? ジュリアス様」
 「……そなたの本意ではないかもしれぬが……そのつもりだ」
 嫌みのつもりで言った訳ではない。むしろジュリアスは気が咎めたのだ。咎めたけれど、会いたい気持ちを抑えることは、到底ジュリアスにはできなかった。
 それを見透かしたかのように、ふっとコラが笑う。
 「ならば私は来年、同行いたしません」
 「え?」
 「部屋も予約いたしません……ロザリア様には内緒で」
 「な……っ!」
 コラが言っている意味を、ジュリアスは察知する。察知しても聞かずにはおれない。
 「そなた……何を」
 「本当は今も、あなたがここへいらっしゃらないままなら、それはそれで良いかと」
 愕然としてジュリアスは、目の前で穏やかな笑みを浮かべる小柄な老婆を見つめる。
 私がそのまま……ここに来ないという意味を−−
 「コラ……何を言っているのかわかっているのか」
 「ええ」
 「そなたは……自分の主を私に」
 ジュリアスは言葉を詰まらせる。あまりにも即物的で下世話な言葉を吐きそうになったから。それでも、意味するところは、どう言葉を換えても同じことだ。
 コラは、肯定も否定もせずにジュリアスを見つめている。
 「……今日は思い留まった」
 本当は欲しくてたまらなかった。
 いったん触れてしまうと、自分でも信じられないほど貪りたくなった。
 けれど、「『美しい』花」を手折るには、ジュリアスなりの心づもりが必要だった。それになによりロザリアが震えて……恐がらせた。
 「だが、今度は……そうはいかないぞ。私はそなたの主を」



 先に目を逸らしたのはロザリアだった。
 「……なし崩し、ではなくてコラに仕組まれていた……訳ね」
 顔は見えないが、声に怒気は含まれていなかった。
 「コラだけでは……ないが」
 「……は?」
 陽射しが眩しいことを幸いに、ジュリアスは目を閉じる。
 「私がそれを知り得たのは……私がそなたの部屋の予約を取り消そうとフロントに申し出たからだ。まさか……本当にコラがあのようなことをしでかすとは思わなかったから」
 いくらコンシュルジュやその他のホテルの者たちが、長年の客であるロザリアやジュリアスをよく見知っていても、何もジュリアスにわざわざ、ロザリアの部屋が予約されていないとは言ってこない。
 「予約を取り消す……って」
 「そなたを私の部屋へ呼ぶために」極めてあっさりと、ジュリアスは言った。きっと目の上にあるに違いないロザリアの呆れ顔を無視して。「ああ、そなたの荷物……ヴァイオリンも全て私の部屋に入れた。それと、ついでに」
 目を開けると、意外なほど近くにロザリアの顔があった。
 「ついでに……?」
 「そなたの来年予約分は取り消したからな」
 「……どうして?」
 ロザリアに呆れた様子はなく、むしろ真剣な表情だった。
 「どうしてって」
 「そんな、急に」
 「……急に?」
 ジュリアスもまたロザリアを見つめ返す。
 「少しでも長く」
 そう……少しでも長く。
 「私がそなたと共に過ごしたいと思うのは……おかしなことか?」
 一瞬にしてロザリアの表情が変わる。
 やがて堪えきれないように唇を震わせると、顔をジュリアスの胸に埋めた。



 あまりにも、八月は短い。
 そしてあまりにも……人の在る時は短い。
 こうして私の胸の上、柔らかな頬をすり寄せてくるロザリアの、時もまた。