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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆10

 カチャリ、という音と共に、掌の中で慣れた感覚が甦る。そのままそっと押すと、きぃぃと錆びて擦れる音をたてながら門が開いた。そこには、鬱蒼<うっそう>と茂った樹々や、さまざまな丈の草花がいたって無造作に生えた庭があり、その中程にぽっかりと、芝生程度の短い草に覆われた小さな空間がある。
 以前そこには東屋があり、中にはベンチが置かれていたのだが、この庭の前の主が車椅子を使うようになってからは動きの邪魔になると撤去された。だから今の主−−ロザリアがそこで過ごすときは、夏には大きなタオルを、それ以外は大きくて厚手の膝掛けを持参して広げ、その上に座って本を読んだり、画集を眺めたりして過ごしていた。だが最近はずっと仕事で飛び回っているせいか疲れが出て、たまに休みの取れた日の午後、誰もいないのを良いことに横になり、軽く目を閉じたつもりが、ついうっかりうたた寝をしてしまう……ということもある。
 もっとも、夜には来なくなって久しい。
 ここへ夜に訪れたのはロザリアが二十歳の誕生日を迎えた日の夜、父と共に来たのが最後だった。



 夕食を賑やかに祝った後、家族だけでここへ来て、星を眺めたり、何ということもなく話をしながら静かに過ごすのが、ロザリアが十四歳の頃までのカタルヘナ家の習慣だった。だが、ロザリアの母が急逝してしまった後はしばらくそれが途絶えていた。それは母−−妻の思い出が多すぎると父が、全くここへ足を踏み入れなくなったからだ。
 けれど後で父から聞いた話では、ロザリアが女王候補として聖地に召され、飛空都市にいる間に再び訪れるようになっていたとのことだった。しばらく放置されていた庭は荒れ放題になっていたが、頑なに『家族』だけの庭として他の者を一切入れず、体調を崩して車椅子で過ごすことになってからも父は、執事に入口まで送らせると後は自分で鍵を開けて中に入り、しばらくそこで過ごしては、いや増す孤独感を癒して−−
 いつもの如く、膝掛けを広げながらロザリアは肩をすくめる。
 ここで孤独感など、癒せはしない。
 ここはもはや思い切り、孤独感に浸る場所なのよ。
 今のロザリアはともかく、当時の父はそれを自傷行為のように繰り返していた。最愛の妻をいきなり亡くし、目に入れても痛くないほど可愛がった娘を女王候補として聖地に奪われ、彼は一人取り残された。だからますます心が冷えて虚ろになり、躰の具合も悪くしていった。
 それでも。
 最期の二年ほどはここで穏やかな時間を過ごせたかしら、とロザリアは思ってみる。ロザリアが飛空都市から戻った十八、十九、そして二十歳の頃。ロザリアと父の誕生日の夜に再びここで過ごしては、二人でゆっくりと話をすることができたから。
 そうして父が亡くなってからロザリアは、夜−−誕生日の夜にここへ行かなくなった。とくにコラの体調が芳しくなくなり、看病しなくてはならなくなってからは庭自体にも行かなくなった。
 だがまだコラが元気な頃、ロザリアは言ったことがある。
 「ばあや。あなたの持っている鍵で、庭に来てもらっても良いのよ」
 そう言ったときのコラの驚愕した表情を、ロザリアは今もはっきりと思い出すことができる。
 「見てしまったの。お母様があなたに鍵を預けているところ。『次の方に』と言って渡したところ」
 あの後、ばあやは泣いて泣いて、なだめるのに苦労したわね……。
 だが結局コラは、庭へは来なかった。
 あの庭は、主たるあなた方『家族』のための庭。
 それ以外の誰も、踏み入ることのできない庭。
 コラはそう言った。
 思えばコラは、ロザリアが生まれる前からこのカタルヘナ家に勤めていたけれど、決して彼女は主従の関係を崩そうとはしなかった。
 わたくしだってそれは、物心ついた頃から叩き込まれてはいたけれど、もう父も母もいないし、わたくし一人だけで、誕生日の夜をあの庭で過ごしたくなくて……などと、ロザリアはコラには言わなかった。コラにしてもそんなロザリアの弱気を感じ取ったのかもしれないが、何も言わなかった。
 ただロザリアは、鍵を返そうとするコラからそれを受け取らなかった。受け取らず、ふふ、と笑って言った。
 「もしもわたくしが庭の中で倒れてしまっても、誰かが鍵を持っていてくれないと助けてもらえないもの」
 「そんな縁起でもないこと!」
 コラはそう言って怒ったけれど、なるほどそれはあり得ないことではないと思ったらしい、鍵を預かることだけはどうにか引き受けてくれた。
 けれど。
 今日も膝掛けは持ってきたが、以前ならこの時季−−秋には必ず一緒に持ってくる、茶の入ったポットはもうない。
 ばあやの淹れてくれるお茶が一番美味しいのよね……。
 自分自身もそれなりに上手に淹れることはできるもののロザリアは、ふとそんな『ないものねだり』を呟く。
 そう。コラもまた、逝ってしまった。
 庭の片隅に置いてあったランタンを持ってきて明かりを灯すとロザリアは、手に持っていた鍵をその側に置いた。
 明日、あの門を撤去することにした。
 三本あるはずの鍵は、今となってはロザリアの手元にあるこの一本しか残っていない。父の鍵も、コラが預かっていた母の鍵も、彼らの遺品からは見つからなかった。だから、ロザリア一人がこの庭の鍵を持っていたところで、それこそロザリアに何かあった場合、困った事態になる。ロザリアの躰はもはや、ロザリアだけのものではない。カタルヘナ家主として社会的に、あるいはカタルヘナ家の担っている多くの事業や館で働く者たち、そしてその家族を養うことに対しての責任がある。
 それに。
 この庭でも、他のどこででも、誕生日の夜は一人−−独り。そう、今、このときのように。だからこの、囲われた庭の中へわざわざ居ることの意味もない。
 膝掛けの上に腰を降ろしながらロザリアは、ふっと笑う。



 あともう少しで二十七歳。これがこの庭で過ごす、最後の誕生日。
 そして。
 とうとうわたくしは、ジュリアスの歳を越える−−