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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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あなたと会える、八月に。

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◆5

 時折潮風が吹き抜け、テントが遮っているとはいうものの、上からの日射と下の砂からの熱でやはり暑い海岸のテントの中でコラは、白いコットンのシャツの袖を折って小テーブルの上、サラサラとペンを動かすジュリアスの様子を見ていた。ホテルの中では絶対にジャケットまで着込んでいて、襟元なんてボタンを外さないのよ、とコラはロザリアから聞いていた。海辺でも彼は長袖のシャツ姿で、袖はまくるけど、襟元はやっぱり留めたままよ、とロザリアは続けて言った。さすがに今は襟元のボタンが二つ、外されていた。女の身でも羨ましくなるような白く透けた首筋が垣間見える。生きている彫像のようだと、ロザリアの父が横で言うと、あなたってば、ジュリアスよりチェス盤を見る方が忙しかったくせに、と明るく笑って言ったロザリアの母の声がコラの頭に懐かしく響く。
 ちょっとした病からの呆気ない亡くなり様でしたとコラが言うと、ジュリアスは大きく息を吐いて目を伏せた。コラは、その伏せられた目の睫毛が細く長いことに軽く驚きを覚えつつも、話を続けた。
 主はもう二度とこの海には行きたくないと。
 そして。



 「ロザリアを避けている、だと?」
 ジュリアスの表情はそれほど大きくは変わらない。けれど眼差しは明らかに険しいものになった。
 「今の年頃はどんどん成長なさいますからね、ますます奥様に似ていらして、それが主には辛いようで」
 「娘を避けたとて、何の解決にもならない」
 きっぱり言うジュリアスに、コラは苦笑した。本当だ。奥様のおっしゃったとおり、頑なまでに真っ直ぐな方だこと。
 「あなたはお強い。そして、あなたはまだお若い」
 「……なに?」
 「主には必要なのです。一人になる時間が。一人であることに慣れる時間が」
 「一人ではない、ロザリアがいるではないか。一人欠けたとて、家族ではないか」
 論外だと言わんばかりに断じるとジュリアスは、テントに用意されている呼び鈴のボタンを押した。すぐにボーイがやってきた。
 「便箋とペンを」
 そうして彼はコラの主に向けて手紙を書いている。悔やみと、たぶん……ロザリアについての諌言を。コラは、複雑な気持ちでそれを見ていた。仕えている身ながら、確かに主のロザリアへの仕打ちは酷いと思っていた。食事も一緒にせず、話もしないし目も合わせない。当然、一緒に妻、あるいは母の想い出を語り合うこともない。それほどに彼が傷ついていたのは確かだが、それは何も彼だけのことではない。
 けれど一方で、あまりにも差し出がましいことをしでかしたのではないかという後悔の念もある。良くも悪くもこの青年は真っ直ぐ相手に斬り込むところがある。まだそれを受け止めるだけの余裕があれば良いが、酷い精神状態のときにそれをやられると−−
 ああ、とコラは思った。
 先程のロザリア様もそうだったのかもしれない、と。
 ロザリアをはじめ、主一家がジュリアスについて語るとき、まるで悪口を言っているようだが、そこには身内のことを言うときのような親しさがあった。それはひとえに彼らが家族として幸せであったからだ。けれど今はそんな余裕がない。ロザリアにも、そして主にも。
 だからこの手紙は主に渡せない、とコラは思った。思ったそのとき、ぬっ、と目の前にその書き物が突き出されていた。
 「え……?」
 「読んでみてくれぬか」
 その申し出にコラはぎょっとした。主宛の手紙を自分が読むなどということは考えもつかなかった。
 「一応、それなりに穏やかな内容にした。なるべくそなたに迷惑をかけぬようにしたつもりだが」
 ハッとしてコラは目礼すると、手紙に目を通した。
 文頭は非の打ち所のない正統な悔やみの言葉から始まり、文末には、カタルヘナ家の人々のことをとても心配していること、そしてまたぜひチェスを楽しみたいと締め括られていた。そのように、乳母たるコラでもわかる、簡潔で率直な文章は、ジュリアスがそういうものを書き慣れているということを如実に表していた。
 「……言いたいことは山ほどあるが」そう言ってジュリアスは苦笑した。「どうも私は言いたいことの半分も伝えきれぬまま相手を萎縮させることが多いらしい。それでよく煙たがられる」
 「あ、あの」
 そんな。それどころか。
 複雑そうな表情になったコラのことが気になったらしい。ジュリアスは穏やかに言った。
 「直した方が良いところがあれば、どうか遠慮なく言ってくれ」
 コラはもう我慢できなかった。
 「ど……どうした?」
 珍しく狼狽えているらしい声が聞こえたが、コラは両方の掌で自分の顔を覆ってしまっていたので、ジュリアスがどのような表情でいるのかはわからなかった。
 「申し訳ございません……取り乱してしまって。こんなお優しい手紙を……ありがとうございます!」
 「ああ……そうか。そなたにそう言ってもらえるのであれば、そなたの主にも読んでもらえるかもしれぬな」
 「あの、でも私……」
 「どうした」声音が低くなった。「何かまだ心配事でもあるのか?」
 きちんと話をするため、涙を留めようにも雫が後から後から落ちて、一瞬だけ足元の砂を濡らし続ける。
 「その……私はこのように泣けるのですが」ひく、と喉を鳴らしながらコラは続ける。「ロザリア様はまったく泣かない……泣かれた様子がないのです。発散させることがおできにならないようで」
 「ロザリアが泣かないのは、今に始まったことではないが」
 意外と落ち着いた言葉が返ってきた。驚いてコラは涙ぐんだままの顔を上げた。
 「あ……あの」
 あまりにもコラが呆気にとられた顔をしていたのだろう、ジュリアスは少し愉快そうに笑った。
 「幼いときから絶対に涙は見せないぞ? 自分は迷子ではないと言い張って決して泣きはしなかったし」
 コラは驚愕してジュリアスを見た。涙も止まってしまった。
 もしかしたら、ロザリアが六歳のころ、この海岸で迷子になったことを言っているのかもしれない。ならばそれはきっと、主夫妻が面白可笑しく話して聞かせたからに違いない。けれど、それならこの、まるで直接見てきたような言い方を……たぶん、彼はしないだろう。
 −−本当に見ていないのであれば。
 「しかしそれは、あくまでも人前だけのことだからな」
 「ジュリア……」
 コラが今の言葉について尋ねかけたとき、バタバタとテントに駆けてくる者がいた。ミレイユだ。
 「ジュリアスさん!」必死の形相で彼女はジュリアスの腕を掴んだ。「おいでになって!」
 「どうした」
 「今、シルヴィが後を追っているんですけど……ロザリアってば、知らない男の人たちについていってしまって!」
 「何だと?」 
 思わずジュリアスはデッキチェアから立ち上がったが、軽く頭を横に振ると再び座ってしまった。
 「……ジュリアス様?」
 同じくミレイユについて外に出ようとしたコラは、不審げにジュリアスを見た。
 「私が口出しすることではない」
 何か言おうとするコラを遮り、どうやらいつもは穏やからしいミレイユが厳しい声で言った。
 「でもロザリアは、私とシルヴィが一緒に行かないと言ったらこう言い残したんです……ジュリアスに私は行くと言っていたと伝えてって。それって」