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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆6

 「シルヴィ!」
 向こうの方から戻ってくる見慣れた姿に手を振りミレイユは小走りに駆けた。それを追ってジュリアスが行く。
 「もう、ロザリアってば信じられないわ!」目が合うなり呆れきった表情でシルヴィが言う。「男性二人、投げ飛ばしたのよ!」
 「えっ?」
 思わずミレイユは立ち止まって目を丸くした。
 「ヨットに一緒に乗ろうとか言ってロザリアを自分たちのエア・カーに無理矢理乗せようとしたから、わたくしが大声を上げようとしたら」
 そうして後方をくいくいと指で示す。そこにはそれ以上、ミレイユ……いや、ジュリアスに近づくのを渋っているロザリアの姿があった。それを認めるとジュリアスは、すい、とミレイユとシルヴィの側を通り抜けた。
 少しふてくされていたロザリアの表情が変わった。一瞬、怯むように後ずさりしかけたが、どうやら彼女のプライドがそれを許さなかったらしい。すぐに挑むように睨みつけてジュリアスと対峙した。
 「何よ」
 そう言った瞬間、ジュリアスはぐい、とロザリアの腕を引っ張った。
 「な、何をするの、ジュリアス! 痛い!」
 思わずロザリアは腕を引こうとしたが、ジュリアスは先程の男たちのようにはいかなかった。まるでジュリアスから離れることができない。
 「護身術を身につけているのは認めるが、それは私も同様だ。いつでも、誰にでも通用すると思うな」
 そう言い捨てるとジュリアスは、ロザリアの腕を掴んだまま海に向かって大股で歩き出した。そしてきちんとプレスされた麻のパンツが波に洗われるのも構わず海へ進み出て、まるで放り捨てるようにバシャンとロザリアの身を海の中へ投じた。
 後ろでミレイユとシルヴィはひやひやしながらその様子を見ていた。尻餅をついてロザリアは海の中から目の前のジュリアスを見上げ、睨み続けている。まさに一触即発の状況だった。
 「……許せない」ぎらりときつい眼差しをジュリアスに向け、ロザリアが言う。「一体何の権利があってわたくしにこのような無礼を」
 「頭を冷やしてこい」ロザリアの言葉を遮り、ジュリアスはきっぱりと言い放つと沖を指差した。「今日は特別に、三十分を過ぎてもあの小屋まで泳ぐのを許してやる」
 「な……!」
 「そうすれば、そなたの愚かな頭の中も少しはすっきりするであろう」
 逆上して叫ぼうとするロザリアに対し、先程とは打って変わって極めて静かな口調でジュリアスは言った。
 「そなたの……母と共に泳いでいるつもりで、行って来い」
 一瞬にしてロザリアから怒気が消えた。
 「ジュリ……アス……?」
 「小屋に着いたらしっかり休養を取っておくのだぞ」そう言うとジュリアスは、くるりと背を向け、続けた。「私はテントで待っている」
 ロザリアは思わずテントに目を向けた。心配そうにテントから外に出てこちらを見ている乳母コラの姿が映った。
 ロザリアの表情が、少し揺らいだ。けれど、それは背を向けたジュリアスには見えない。いや、見ないようにしてくれているのだと、ロザリアは思った。
 そうして立ち上がるとロザリアは、くるりと向きを変えて沖に向かって泳ぎ始めた。バシャッという水音を耳にしたジュリアスが、微かに笑った。
 「さあ、そなたたちは少しテントで休むか?」
 ぽぅっと一連の様子を見ていたシルヴィとミレイユに声を掛けるとジュリアスもまた、テント前に立っているコラを見た。そしてコラにもそれがわかったらしい。ジュリアスに向かい、再び深く頭を下げていた。