あなたと会える、八月に。
◆4
この、貴族出身らしい名を持つ少女−−ロザリアの手を引いて歩くには、私の身長は高すぎた。少し腰を屈めつつ、きゅっと私の二本の指を握り締めた彼女をベンチに連れて行って座らせる。そして私もその横に座ると、改めてロザリアの足を見た。
思っていた以上に皮膚が捲れてしまっており、白い肌のあちらこちらに血が滲んで赤くなっている。驚いた。よく泣かなかったものだ。
「大丈夫か?」
「え?」
「足だ」
足を見るなりロザリアはぎゅっと唇を噛んで俯いてしまった。気づいていなかったのか? いや……そのようなはずはない。さぞや痛かったはずだ。
「少しここで待つがよい」
そう言うと私は、ベンチの向こうにあるカフェへ行き、その店の者に飲み物を注文すると同時に頼んで、濡れたタオルと消毒薬を受け取った。
戻ってくるとロザリアはまだ俯いたまま座っていた。
「迷子でないのなら」ぴくりと言葉に反応して巻毛が揺れたが、私は続ける。「このような足のまま歩いてはならぬ」
そう言って私は再びロザリアの前で跪くと、サンダルの留め金を外そうと手を差し伸べた。
「あっ」
ロザリアから小さく声が漏れる。構わず私は捲れた皮膚に触れぬよう、なるべく注意をしてサンダルを脱がせた。私自身、サンダルを常用しているからよくわかる。今ではそれほどでもないが、どうしても新しいものだと革が硬く、また慣れぬこともあって擦れてこのように皮膚が捲れてしまうこともある。小さな傷であっても放っておけば、ずっと同じところが擦れて痛い目を見る。
ベンチの上でロザリアを横向きにさせて足を投げ出させ、私は傷口あたりには触れぬよう濡れたタオルで砂や埃を拭った。
「あ、あの……」訝しげにしていたロザリアも、ようやく自分のためを思っての行為だとわかってくれたようだ。「ありがとう……」
「少ししみるぞ」タオルをベンチの空いた場所に置くと私は消毒薬を手にした。「我慢せよ」
すると、ロザリアはごくりと唾を呑み、緊張しきった表情になって私の顔を見つめた。少し威しすぎたかと思い、一方でしごく真面目に反応するその様子に私の頬が緩んだ。
「大丈夫だ。傷をきちんと綺麗に洗うだけだから」
そうして、皮膚の捲れた箇所に消毒薬を噴射した。液がかかるたび、ロザリアの躰にぎゅっと力の入るのがよくわかる。だがやはり唇を結んだまま声を上げることはなく、ましてや泣き叫ぶこともなかった。
「終わったぞ」
消毒剤の蓋を閉じて私が言うと、ようやく小さな肩からふっと力が抜けた。
店の者がトレイに冷たいコーヒーとオレンジジュースを持ってやってきた。
「偉いな、お嬢ちゃん。こんなにケガをしてるのに泣かないなんて!」
そう言うと、店の者はベンチの端にトレイごと置いて私の方を見た。
「若いお父さん……だね」
ジュースをロザリアに渡そうとする私の手が思わず止まった。そういえば、どうやらこの海辺では私のように服を着込んだ者はいないせいか、年より上に見られることはあったが……。
「でももうちょっとお嬢ちゃんのこと、ちゃんと見ておいてやらなきゃ」
「ジュリアスは悪くないの!」私が言うまでもなくロザリアが小さく叫んだ。「わたくしを助けてくれたの!」
「え?」カフェの者が目を丸くする。「あ、やっぱり、お父さんじゃない……?」
『やっぱり』と強調しつつ、きまり悪そうに言ったので、苦笑して頷くだけで許してやった。そうして彼は、何度も私に頭を下げながら店へ戻っていった。
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月