あなたと会える、八月に。
◆7
少し突き出た海岸線のあたりにその建物があった。なるほど、ブロンズで作られたらしい馬上の騎士の像がある。私の目からはその馬の右足が光っているかどうかまでは見えなかったけれど。
「では、ここからそなたひとりで戻れるな」
ロザリアが頷く。
道端のベンチにロザリアの躰を降ろすと彼女は、持っていたサンダルを履いた。そして私を見上げ、手を差し出した。そこで私も手を出したけれど、やはり小さな手では私の中指と薬指を握るのがせいぜいのようだった。
「ありがとう」
「気をつけて戻れ」
こくりと頷くとロザリアは手を放し、履いていたスカートをつまむと、幼いなりに優雅にお辞儀をしてみせた。
「ごきげんよう」
そうしてロザリアは、まだ痛むであろう足を懸命に動かしてホテルの建物へと向かっていく。
とうとう最後まで泣くことはなかった。
幼くても誇り高い、気丈な娘。私はそなたに敬意を抱く。
どうかそのまま、真っ直ぐに育ってほしい。
その二日後、私は街中を歩くロザリアとその両親らしい姿を見かけた。
一瞬声を掛けようかと思ったが、やめておいた。ロザリアにとって私という存在は、迷子になったという彼女にとって屈辱……というには大仰かもしれぬが、苦い思い出が伴うから。それにもう……会うこともないであろうし。
彼女の髪の色は母譲りらしい。父と母の両方の手を握って歩いていく様はとても愛らしく楽しげで、見ているこちらも微笑んでしまうほどだった。
だがその一方で私は、あの少女が持ち、私にはなかったものに対し微かな羨望を覚える。
私が五歳で失った−−失わざるを得なかったもの。
願ってみても詮無い望みのものを。
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月