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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆8

 パサリと書類を机の上に置くとジュリアスは、昨日から何度となく見てしまっている右手の中指と薬指を、また見つめてしまっている自分に気付いて苦笑した。この二本の指をきゅっと握り締めていた小さな掌の柔らかさを、ジュリアスはそれこそまだ『昨日のように』覚えている。
 けれど、握った本人はとっくにこの指を忘れ去り、それどころか−−
 ジュリアスは立ち上がると執務室から窓の外を見た。今日も聖地の空はどんよりと曇っている。あの海岸での嵐ほどではないにしろ、これほど天候不順が続くのは、つい先程聞かされた事柄−−ジュリアスは予測していた−−によるものだ。
 女王交替。
 それと同時に宇宙の移行。
 交替だけでも大変なことなのに、綻びを生じたこの宇宙を捨て、新しい宇宙へと星々を移行させるような大事を、この二人の少女のうちのどちらかに委ねなければならない状況に、先に集められた年長の守護聖の誰もが、覚悟していたものの緊張せずにはいられなかった。しかも、そのうちの一人の少女の顔と名にジュリアスは、表情にこそ出さずに済んだものの、内心、激しく動揺していた。
 まさかその顔、その名を、ここで見ることになろうとは。
 六歳の、十二歳、十三歳、十四歳、十五歳、そして昨日の十六歳の……少女の顔がまさに走馬燈のように浮かんでは消えていく。いつの歳も、彼女がその名を告げるとき誇らしげであり、美しかった。
 そしてそれは今、目の前の書類に帰着する。
 −−『女王候補』ロザリア・デ・カタルヘナと。



 あれからしばらくは、ロザリアの家族があの海岸に行く機会がなかったと、ジュリアスはチェスをしながらロザリアの父から聞いた。最初に泊まったホテルは、規模は大きいものだったが、サービスは決して満足できるものではなく、また、カジノを持っていたせいで、あまりその手のものが好きではないロザリアの父にとっては良いホテルではなかったらしい。ちなみに馬の足が光っていたのは、賭け事に勝つためのまじないに客が撫でていくからだということも後で知った。
 ジュリアス自身、その後も海に行ったけれど、しばらくぼぅっと過ごす、という休日はジュリアスにとってせいぜい四日が限度だった。もちろん、その間それなりに過ごした。ずっと同じホテルに宿泊しているので声を掛けてくる者もあり、言葉を交わしたり、食事ぐらいもした。中には夜を過ごそうと誘う女もいて、断ることもあれば、断らなかったこともある。そのいずれもが、それなりに新鮮であり面白くもあったが、長くは続かない。だからそれはきっと、ジュリアスの過ごしたい休日の時間ではなかったのだろう。それが証拠に、行きそびれてしまったこともあった。
 けれど、やがてジュリアスはこの休暇場所を設定してくれた女王陛下とディアに心底感謝することになる。
 疲れ果て、泥のように眠った朝、あのヴァイオリンの音で目が覚めた。
 そうして再び、彼女−−ロザリアと出会った。