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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆6

 「……聞かねーんだな」
 今度は運転席に座ったゼフェルが、前を見たまま言う。
 「お尋ねして、答えてくださいますか?」
 そう言ってみたものの、ロザリアとて確信があるわけではない。ただ、そうそう答えてはくれないだろうと思ってみただけだ。
 「……何か、ジュリアス様に謝っていらしたようでしたけれど」
 「おめーがこいつの」エア・カーの操作パネルあたりを軽く叩きつつ、ゼフェルは続ける。「スピードの出し過ぎで『先手を打とう』と言った後の様子を見ててよ」
 「ああ」ロザリアはゼフェルの方を見ると微笑んで頷いた。「ジュリアス様は、非をきちんと認めればそうそう相手を責めるようなことはなさいませんわ」
 ゼフェルはロザリアを見もせず頷く。
 「……そうみてぇだな」
 「それにゼフェル様、エア・カーの扱いについてはジュリアス様から信頼がおありでしたし」
 「……そうみてぇだな」
 「何ですの?」ぷっと吹き出してロザリアは言う。「さっきから同じセリフを繰り返して」
 「オレが驚いてんだ」
 がしがしと頭を掻くとゼフェルは、ロザリアとはまた違ったやりようでエア・カーを静かに停止させた。
 「こいつはここまでだ。寮まで送る」
 そう言うとゼフェルはドアを開けた。頷いてロザリアも自分でドアを開けて降りた。
 日も暮れ、辺りはもうすっかり暗くなっている。
 「三ヶ月前に、ちょっと揉めてよ」尋ねないまま、ゼフェルが話し始めた。「ルヴァなんて怒ってオレを引っぱたいたり」
 「えっ!」
 思わずロザリアは声をあげた。あの穏和なルヴァ様が?
 「あいつの平手打ちなんて弱っちいから、どうってことねぇけどよ」肩をすくめてみたものの、ゼフェルがそれほど軽い気持ちで話しているのではないらしいことはわかる。「どういうことがもとで揉めたとか、どういうことがきっかけになったかとまでは言わねぇが……とにかくオレはジュリアスにひでぇことを言ったんだ」
 ロザリアは黙ってゼフェルを見ることによって話の先を促す。
 「オレのその一言が原因だって言い切るほどジュリアスの野郎が弱いとは思わねぇが、引き金ぐらいにはなったかもしれねぇ」
 立ち止まるとゼフェルは目線を足元の地面に落とした。ロザリアは、本当はその続きが知りたかった。けれどもうこれ以上聞くべきではないような気がした。
 「ゼフェル様」
 「ん?」
 「でも……さっき謝られたのでしょう?」
 「……ああ」
 「ジュリアス様は許してくださったのでしょう?」
 ゼフェルは頷いた。
 「それどころか、『心配をかけた』って言われたぜ」
 「ならばもう……良いではないですか」
 そう言ってロザリアは微笑んだ。ジュリアスに対する誤解が解けた様子を、事情がわからないなりにも見ることができて嬉しかったからだ。
 「そ……そうだな」
 意外そうな表情でゼフェルがロザリアを見つめた。笑うのをやめてロザリアもゼフェルを見た。
 「ジュリアスといい、おめーといい……何だか今日は珍しいもんを見たよーな気がするぜ」
 「まあ、酷い!」
 もはや、ゼフェルに悪気というものがないことをロザリアこそが認めたので、ロザリアもくすくすと笑って応えた。
 そうこうするうちに二人は寮に着いた。
 「今日はどうもありがとうございました」
 「おう」
 「ゼフェル様」
 「何だ?」
 「……また、エア・カーに乗せてくださいませね?」
 今度はゼフェルの方がぷっと吹き出して頷いた。
 「スピードの出し過ぎには注意してくれよ、でねーとオレ、本当にジュリアスに怒鳴られちまう」
 「心得ましたわ」
 同じく笑って応えるとロザリアは「お休みなさいませ」と言った。軽く右手を挙げてゼフェルは去っていった。



 後に残ったロザリアは、先程のゼフェルの話を反芻した。
 いったい三ヶ月前に何があったというのだろう。ロザリアが十二歳の八月。ロザリアのヴァイオリンの音で目覚めたと言っていた−−後でロザリアはジュリアスがとても早起きであることを知ったけれど、あの日は、ホテルの食堂での朝食時間を過ぎての特別扱いを受けていた。だからロザリアは、ジュリアスが『お寝坊さん』なのだと思った。
 だがジュリアスは、寝坊どころか朝食時間開始と同時に食堂へ行っていて、それは十五歳の八月までもずっとその調子で続いていたのだから、本当に十二歳の八月のあの日だけが特別だったのだろう。
 部屋に戻ると同時に乳母のコラが声をかけてきた。先程の出来事を話したいという気持ちになったもののロザリアは、それをそっと抑えた。光の守護聖たるジュリアスが、一瞬だけ、ロザリアの知る『八月』のジュリアスを見せてくれたことは嬉しかったが、そうそう喜んでいてはいけないのだと、自分に戒めてみる。
 お茶を淹れますね、と言ってコラが部屋から出ていった。
 再び一人になったロザリアは、あの十二歳の八月の時のことを思い返していたが、ふと気付いて部屋の壁にかけられた聖地や飛空都市でのカレンダーを見た。



 三ヶ月前−−八月。
 八月の……十六日。



 聖地で、そして主星で、ジュリアスの誕生日が重なった日だ。本当にあの頃がジュリアスの誕生日だったのだ−−二十五歳の。
 あのとき何故ロザリアが、カタルヘナ家の夕食にジュリアスを招待する気になったかと言えば、単純に誕生日を祝うだけの自分の言葉に、それまで和やかだったジュリアスの表情から一瞬にして笑顔が消えたことからだった。それどころか、私の誕生日など祝ってくれる者はいないと思っていたと言ったから−−
 カレンダーを睨みつけるように見つめたままロザリアは、ぐっと拳を握った。
 来年もこの海で、八月十六日の誕生日を祝おうとロザリアが提案したときのジュリアスの表情を思い出す。本当に嬉しそうな顔をしたジュリアスを、わたくしは知っている。そうしてわたくしはその後の八月、ジュリアスの誕生日を祝い続けた−−
 その気持ちはもちろん今も変わらない。
 控えめなノックの音がして、コラが来た。ありがとう、と言うとロザリアは、テーブルの上に一式を置くと再び部屋を辞そうとするコラを引き留めた。
 「ばあや……一緒にお祝いしてくれる?」
 「は?」
 わからないなりにコラは自分のためのカップを用意すると、ポットから二つのカップに茶を注いだ。その間、ロザリアはカレンダーの隔週土の曜日に小さく印をつけていく。それを見てどうやらコラも意味がわかったらしい。
 そして二人は黙って、共に茶の入ったカップを持ち上げる。
 (お誕生日……おめでとう)
 言葉に出さずロザリアは、今も執務室で務めをこなしているであろうジュリアスに思いを馳せた。