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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆8

 ジュリアスはいつものように執務をある程度済ませた後、王立研究院を訪れた。直接自分の目で二人の女王候補の育成具合を確認するためだ。女王試験が始まって、飛空都市ではもうそれなりに日が過ぎたが、最初から育成の進捗状況はロザリアの方が一方的に優勢だった。ジュリアスは、スモルニィ女学院という女王としての教育カリキュラムを組んでいる学校の存在があることは知識として知り得ていたが、まさかロザリアがそこに通学し、しかも特待生に指名されるほど優秀な生徒だとは、この女王試験が行われることになって資料を配付されるまで知らなかった。
 確かに、聡明な娘だとは思っていた。だが正直なところ、ここまでできるとは思わなかった。しかも、立ち居振る舞い、あふれるほどの気品や誇り高さややる気を考え合わせても、本当に女王として申し分ない。『八月』でロザリアの外見だけでなく内面も既知であることを抜きにしてもジュリアスはそう思っていた。
 だから何故、現女王がもうひとりの女王候補であるアンジェリークをたて、試験を行って二人を競わせるのかジュリアスには解せなかった。競わせるということは、ロザリアが女王となることに何か疑問か不安かがあり、それを見極めるために行うのだろうということは想像に難くないからだ。
 それにしても……そのロザリアの相手であるアンジェリークという少女はあまりにも平凡で、女王や宇宙についての教育も、先に学んでいたロザリアと比べてはならないと思いつつも、ほとんど何も知らないと言っても過言ではなかった。
 ところが。
 ジュリアスが王立研究院の責任者であるパスハと話をしているとき、遊星盤の着陸する音がした。女王候補が育成している大陸の視察から戻ったらしい。
 「どちらが行っていたのだ?」
 パスハはちらりと遊星盤の音がした方向を見ると言った。
 「アンジェリークです、ジュリアス様。二日か三日おきには行っています」
 そう言うとパスハは通路奥にいるアンジェリークに声をかけた。
 「アンジェリーク」
 「あ、パスハ様! ただいま戻りました!」
 「ジュリアス様がいらしている。御挨拶を」
 そうパスハが言ったとたん、アンジェリークは黙り込んでしまったようで、しかもいっこうにこちらへ戻ってくる気配がない。
 「……アンジェリーク!」
 パスハが叫ぶ。
 「良い」微かに苦笑してジュリアスはパスハに言った。「大陸を直接見るのは良いことだと伝えてくれ」
 別段、怖がらせるようなことをしたつもりは毛頭ないが、怯えさせることが多いのはジュリアスとて自覚している。
 だからと言って、慣れるものではないがな……。
 心の中で嘆息しつつジュリアスが行こうとしたときだった。
 「ジュリアス様っ!」
 後ろから弾けるような声がした。アンジェリークだ。その声に振り返るとジュリアスはぎょっとして目を大きく見開いた。
 「ど……どうしたのだ、その格好は!」



 「泥……だらけ?」
 呆れ切った顔になってロザリアはアンジェリークを見た。
 「そうなの。エリューシオンで神官や民のみんなが畑を耕していたから、お手伝いしていたら」
 「あなた……! 民と一緒に畑仕事をしていたって言うのっ?」
 ロザリアの声量が跳ね上がった。
 「え……いけない?」きょとんとしてアンジェリークが言う。「土が良くなったらしいの。黒々としていて」
 ロザリアは思わずこめかみを指で押さえた。
 「まさか……転んだ……とか?」
 「そうなのー!」アンジェリークはカラカラと明るく笑い飛ばす。「うっかりしちゃって。私ってばおっちょこちょいだから」
 「でも」ロザリアは大きくため息をつきながら紅茶の入ったカップを口元に運んだ。「それならきちんと泥をはらってくれば」
 「あら、もちろんそうしたわよ」
 「ならば何故」
 「服や手の泥は払っていたの。でも……」
 「でも?」
 「靴の裏の泥までは気付かなかったの」
 「……はぁ?」
 声を上げるとロザリアは、思わずカップとソーサーをテーブルの上に置いた。カシャッと音が鳴ってしまい、ロザリアは顔を顰めた。
 わたくしってば……!
 だがこの際、そのようなことは無視することにした。
 「どうしてそれが、泥だらけでジュリアス……様の前に行かなきゃならないはめになるの?」
 「ねえ、ロザリアってどんな格好で遊星盤に乗ってる?」
 いきなり話が飛んだので、ロザリアは目を丸くした。
 「……何のこと?」
 「私はね」アンジェリークは大きな瞳をくるくると動かせつつ楽しげに続ける。「腹這いになって、エリューシオンを眺めているの」
 「……えっ」
 「立って見下ろしているよりずっと民に対して近しい気持ちになるし、手を広げれば、エリューシオンを抱き締めてあげられるような気がするわ」
 ロザリアは、小さく息を呑んだ。



 「ジュリアス様……それって」
 オスカーはジュリアスの話に決して笑わなかった。だがジュリアスは微かに笑みながら続けた。
 「それで、そこらじゅうに靴の泥が落ちている遊星盤に、『いつものように』腹這いになって育成している大陸を眺めつつ戻り、パスハに私が来ていると声を掛けられ、身だしなみを整えようとして……気付いて真っ青になったらしい」
 とうとうジュリアスはくすくすと声を漏らして笑い始めた。
 「オスカー……そなた、どう思う?」
 「どうって……」
 「自覚がないのだ、あの娘には」
 笑ったままそこまで言ってジュリアスは、一気に斬り込むようなまなざしに変え、目の前のオスカーを見据えた。
 「それこそが、女王たる資質を如実に示しているということに」
 そして再びジュリアスは微笑み、椅子の背にもたれてくつろいだ。
 「そう話して、アンジェリークは気恥ずかしげにしながら笑ったのだ。けれど、私もパスハも絶句した」
 「……俺も……ですよ」ジュリアスにつられオスカーもまた、座った椅子の背に身を預けた。「参ったな」
 「パスハが軽く叱ったが、あまりに悪びれた様子がないので、私も笑ってしまった。それが彼女には珍しかったらしい。笑うと素敵だ、と真正面から言われたぞ」くく、と笑うとジュリアスは続ける。「私とて、笑わぬことはないものを」
 オスカーも微笑む。けれど、口に出さず思う。
 彼女はそうして何のてらいもなく強面の首座の守護聖を笑ませる。
 −−それもまた、と。