あなたと会える、八月に。
◆10
「リュミエールとは楽器のことで話が合っているのは知っていたが」
水の守護聖リュミエールのハープ演奏に同じ弦楽器を演奏する者としてロザリアが興味を持つのは、ジュリアスとてよくわかる。
「ああ、ジュリアス様もロザリアのヴァイオリンの腕前が素晴らしいことはご存知なんですね?」
オスカーのその言葉にジュリアスは内心ぎょっとした。うっかり自分がロザリアのヴァイオリンについて知っていることを匂わせてしまったこともさりながら、リュミエールやオスカーも彼女のヴァイオリンの演奏を聴いたに違いないということに対し、思わず反応してしまったのだ−−決して表情には出さなかったものの。
女王候補が守護聖に対し、自分を理解してもらうためさまざまな話をすることは決して悪いことではない。むしろ……好ましいことだ。
だが、ロザリアのヴァイオリンのことは言われるまでもない。私はあのヴァイオリンの音のおかげで目覚めることができた。あの心地良さは充分知り得ている。
随分長く……聴いていないけれど。
「……ああ」
「リュミエールも感心していました。俺はその方面についてはそれほど造詣が深くないのでわかりかねますが」
「で、他は?」
「リュミエールがその点に気づいているかどうか俺は知りませんが、オリヴィエがやはり同じことを」
夢の守護聖はそういうことには聡い。ジュリアスは頷く。
「ルヴァは、堅実なロザリアの育成が好ましいと言っていた」
地の守護聖との話を思い出しつつジュリアスは言った。
「そうですね、アンジェリークのやり方は一歩間違うと力のバランスが崩れてしまうことになる」
「後は知らぬが」
クラヴィス−−闇の守護聖クラヴィスの考えることなど知らぬ、とジュリアスは心の中で呟く。だが、あの男が気づかぬはずはない、とも思っている。
そう。
通常の世なら、間違いなくロザリアが女王だろう。実際にあれほど育成を上手くこなすことができるとは、ジュリアスも思っていなかった。それに比べアンジェリークは、騒々しいし、散漫なところがあって何度も同じことを言わせてジュリアスを不機嫌にさせた。
けれど今は違う。
ふと、オスカーはジュリアスの執務室の窓を見た。
「……曇ってきましたね」
言われてジュリアスも同じく窓の外を見る。
「近ごろは、飛空都市も天候が不順な日が増えましたね」
「……ああ」
それこそが、ジュリアスの、そして守護聖たちの思い悩むところだ。ここ飛空都市までもこの状況だということは、主星や聖地については言わずもがなである。
「森の湖に注ぎ込む滝がありますよね」オスカーはジュリアスの方へ顔を向けると続ける。「その上流の川が増水して、少々危険な状況になっているそうです」
「それは……」
その瞬間、ジュリアスの言葉を遮り、執務机にある通信装置がけたたましい音をたてた。
「……ディア?」
機器を耳にあてがったジュリアスの表情が激変したのを見てオスカーは、椅子から立ち上がった。
「……私も行こう」
何か起こっているらしい。オスカーはいつでも動けるよう椅子を移動させる。
「……あ、ああ、わかった……ではオスカーを同行させよう……今、目の前にいる……」
そう話しながらジュリアスはオスカーを見た。
「オスカー!」
「はっ」
「ディアと同行せよ。陛下の具合が」そこでジュリアスは言葉を切った。そして声を押し殺す。「……お悪いようだ……そのせいで主星の状況が不穏になっている」
聞くなりオスカーは驚いて……けれど、ある程度の覚悟を滲ませてジュリアスを見つめた。
「私も心配なのだが、女王補佐官と首座の両方がここを留守にするわけにはいかぬと、ディアから諭された」
苦笑してオスカーに告げるとジュリアスは、再びディアに話し続ける。
「……大丈夫だ、陛下が落ち着かれたらすぐ戻らせてくれれば良い」
頷いてオスカーは、背にある青のマントを翻してジュリアスの執務室から出ていった。
ディアとの会話が終わって、執務室に一人残されたジュリアスは深く嘆息する。
そう。
通常の世なら、間違いなくロザリアが女王だろう。
けれど今は−−
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月