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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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あなたと会える、八月に。

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◆11

 再びジュリアスは王立研究院へと馬車を向かわせた。激しい雨が馬車の屋根や車体の横側へ打ちつけるように降りつけている。このような聖地−−女王のいる宇宙から離れた飛空都市にも影響が出るほどにその力は翳り、宇宙の綻びはより大きく酷くなる一途を辿っている。
 ふと、先ほどオスカーが言ったことが気になった。
 森の湖は、飛空都市に住む人々の憩いの場となっている。もちろん守護聖たちや、たぶん女王候補たちにとっても−−ほっと一息つける場所だ。その上流の川が増水して危険な状態らしいとオスカーは言った。これだけの大量の雨が降れば、ますます増水の度合いは激しいものになっているだろう。誰かに指示して調査させておく方が良いだろう、とジュリアスは思った。
 逃避だ。
 ジュリアスは苦笑する。
 上流の川の増水が決して他愛もないこととは言わないが、それでも目の前に横たわる大きな厄災の予感から逃れようとしている。
 王立研究院に着いた。馬車から降り、パスハの出迎えを受けたジュリアスは、奥を見てはっとした。
 ロザリアがいる。
 そしてその側にリュミエールがいる。俯いてしまっているロザリアに声をかけているようだ。
 ロザリアが俯いたままなのはそうそう考えられることではなかった。自然と、ジュリアスの歩が早まる。
 「どうした?」
 とりあえずリュミエールに尋ねてみる。リュミエールが小声で告げた。
 「遊星盤にしゃがみ込んだまま、いつまでも降りてこないので心配になりまして……」
 その間もロザリアは俯いたままだった。
 「リュミエール、少し……」
 外してくれないか、とジュリアスが言う前にリュミエールは柔和な笑顔を見せると、頷いた。
 「そういえばパスハ、お尋ねしたいことがあって伺ったのですが」
 「何でしょう、リュミエール様」
 「あちらの宇宙の水の力のことで……」
 そう言い合いながら二人はそっとその場から離れていった。後にはジュリアスと、相変わらず俯いたままのロザリアが残った。
 このようなロザリアを、ジュリアスは見たことがなかった。いつも自信に満ち、前を向いている娘なのに。
 「……どうした?」
 「エリューシオンの神官が」
 掠れた小さな声がした。
 「ん?」
 「エリューシオンの神官が、わたくしに畑で取れた野菜だって、籠にいっぱい詰めて」
 ジュリアスはもう何も言わず黙ったまま聞いていた。
 「わたくしに渡そうとするの」
 ジュリアスは、リュミエールを行かせてしまったことを、幸いと思い、失敗とも感じた。目の前にいるロザリアは、女王候補ロザリアではなかった。装っていた−−被っていた仮面が剥がれてしまったかのような、素のロザリアだった。
 けれど自分は、守護聖の首座たる光の守護聖ジュリアスだった。ましてやすぐ側を、王立研究院の者たちが通り過ぎていく。
 ロザリアの、唱えるような呟きが続く。
 「とても美味しいので、フェリシアの天使様はもちろん、守護聖様方にもぜひ召し上がっていただきたいと……そして」
 いっそ、ここで泣き出せばロザリアも楽だろうにとジュリアスは、俯いたロザリアのつむじを、見るともなしに眺めていた。
 思い切り泣けない。
 吐き出せない。
 悲しいことや苦しいことを、発散させることができない。
 「エリューシオンの天使様に、感謝と尊敬の意を捧げると伝えてほしいと」
 肩が微かに震えている。
 「……そういうことであれば、アンジェリークに渡せば良いのにと言ったら神官は」
 その肩に手を添えたいと思いながらも、ジュリアスは逡巡する。これがあの海岸であれば、全く迷うことなくロザリアの肩を抱いてやっただろう。相変わらず男女の感情はない。けれどロザリアは大事な『八月』の家族。悲しむ様子は見たくない。
 だがここは、飛空都市だ。そして今は、女王試験の最中だ。
 だからせめて、この状態で話を聞いてやることだけにする。敬語を使わない言葉の非礼を咎めぬことを最大の譲歩に−−人の感情としては滑稽で愚かな譲歩と思われるだろうけれど。
 「今度、エリューシオンの天使様にお会いするとき、自分はもう存在しないかもしれないのでお願いしたいと」
 「……それで、そなたはその籠を受け取ったのか? 『女王候補』ロザリア」
 静かに、ジュリアスは言った。
 はっとしたようにロザリアが顔を上げた。そして自分の顔を凝視する青紫の瞳と目が合う。
 小さく息を呑む音がした。
 ……どうやら、目が覚めたらしいな。
 内に微かな痛みを感じながらジュリアスは、黙ってロザリアを見つめる。
 「……いいえ、受け取りませんでしたわ」
 口調が変わった。
 「こちらから持ち出してはならないように、むやみに新宇宙のものを持ち込んではいけないと、パスハさんやルヴァ様のお言葉もありましたし、第一」
 ぎゅっと目を瞑った後ロザリアは、ぱっと目を見開き、顎を引いてジュリアスに向かい、告げる。
 「あなた方の天使は、すぐまた必ずここエリューシオンを訪れてくれるから、本人にその気持ちを伝えるべきだと申しました」
 「良い」深く頷いてジュリアスは言った。「それで良いのだ、ロザリア」
 微かに、ロザリアは笑った。本当に微かにであったが。そうして「ありがとうございます」と言ってスカートのひだをつまみ、腰を落とした。優雅な仕草だ。
 どうやら……少しは浮上できたようだな。
 内心ほっとしている自分に、ジュリアスは苦笑する。私こそ気を付けなければならない。でないと平等に女王候補を見つめることができない。
 「あの、ジュリアス様」
 パスハの元へ行こうとするジュリアスに、元気が出た様子でロザリアが声をかけた。
 「何だ?」
 「明日の日の曜日のご都合はいかがですか……? もしもよろしければ」
 「すまない。用事がある」
 一瞬たりとも、ジュリアスは迷わなかった。平日以外は、どちらの女王候補とも会わないことにしていた。それを徹底すべきだと、ジュリアスは思った。
 「……そうですか」
 あからさまな落胆に、ジュリアスは顔を顰める。明らかにロザリアは揺らいでいる。女王候補としての姿を保持しきれないでいる。このような状態の中で、一対一で会うことは得策ではないとジュリアスは意を強くした。
 「それではな」言って背を向ける。「パスハ、確認したいことがある」
 リュミエールと話していたパスハが、ジュリアスの方を見る。背に痛いほどのロザリアの視線を受けながらジュリアスは、パスハの方へ向かった。



 白いトーガを翻し、離れていく。
 またあの背中を見ている。飛空都市に来てからは、離れていく背中ばかり。
 十五歳の海辺でのあの背中は、とてもとても近しいものだったのに−−額をすりつけたほどに。
 「……落ち着きましたか?」
 かけられた声にはっとしてロザリアは、声がした方を見た。
 「リュミエール様……」
 「ロザリア。もしもよろしければ明日の日の曜日、ご一緒しませんか?」
 ロザリアは思わずリュミエールの顔を凝視した。状況から見て、先ほどのジュリアスとのやりとりを聞かれていたのは間違いなかった。
 ……同情?