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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆16

 パーン、という音が辺りに響いた。
 一瞬、何が起こったのかジュリアスにはわからなかった。何故か一番先にリュミエールと目が合った。リュミエールも小さく口を開けたまま呆然としている。そうして、頬に痛みが走るまでにもちろん、そうそう時間が経ってしまった訳はないが、そう至るまで妙に間が空いたような気がした。
 ジュリアスは、目の前のロザリアを見た。そしてたった今、ロザリアから思い切り強い力で頬を打たれたことを、ようやく認識した。
 「……何をする!」
 厳しい声で叫んだものの、慣れない水から上がりたてで喉から思うように声が出ない。思った以上にそれは、くぐもったものになってしまった。
 「愚か者を打ったのよ」
 ぴしりと言い放つ。
 目の前の少女が、この首座の守護聖に。
 「愚か者はどちらだ! ロザリ……」
 「あなたのことだわ、ジュリアス!」完全に声が出にくいジュリアスを抑えてロザリアが叫ぶ。「ほんの少ししか泳げず、息つぎもままならない人が、ちょっと潜水を覚えたぐらいで、こんなに流れの激しい川で人助けなんてしようというその性根が傲慢なのよ!」
 またジュリアスはリュミエールと目が合ってしまった。リュミエールは、今度はきちんとジュリアスの目を見てすぐそれを伏せた。ロザリアに水泳学習の『状況』を言ってしまったことに対し詫びているらしい。
 「いったい自分が何様だと思っているわけ? 何でもできるとでも? 何でも自分の思いどおりになるとでも?」ロザリアは言い続ける。「わたくしには、二十分や三十分で海から上がれと偉そうに言ったり、水着の文句をつけたり、エア・カーに乗っているのが気に入らないとか言ったりして、さも心配してるような口振りで」
 「口振りではない!」ロザリアのあまりの無礼な言い様に、ジュリアスもカッとした。「本当に心配しているから」
 「本当に心配しているのは、あなただけじゃなくてよ!」
 どん、と強くジュリアスの胸を押してロザリアは大声で叫んだ。
 「ジュリアス、あなた……わたくしが、あなたのことを心配しないとでも思っているわけ?」
 押されてジュリアスは少し川の水の中へ戻されながらも、はっとしてロザリアを見た。怒りのあまり頬が紅潮し、肩がぶるぶると震えている。両手とも拳をつくり、それがあまりにもきつく握り締められているため、節の部分が白くなっていた。しかも、仕立ての良い、美しかったであろう青のワンピースは、雨上がりの川の水によって汚れ、ぐっしょりと濡れてしまっている。
 そして。
 「ロザ……リア」
 あまりにも掠れて、押し殺したような声しか出なかった。
 ロザリアの足元の川面に、落ちた水滴の輪が、次々と形作られては上から重なり、川の水の中へと溶けていく。
 「……酷すぎるわよ!」
 水滴は落ち続けている。
 「ジュリアス……あなた、もしもわたくしがあなたの目の前で……たとえば……海の中に沈んだらあなた……」
 呆然として自分を見つめるジュリアスにロザリアは、唇をかんで上目遣いに睨みつけた。
 「もう……よろしくてよ!」水滴の落ちる量と速さが一気に増す。「わたくしの言い分なんて、あなたにとってはただの子どもの戯れ言でしょうよ! 毎年八月に会う、『子ども』の!」
 そうしてロザリアは完全に顔を上げた。
 ある意味、長い付き合いだった。
 なのに今……初めて見る顔。
 「……あなたの身の程をよく弁えて、これからはせいぜい無茶をなさらないことね。そして」ロザリアは笑ってみせているらしかった。だがそれはあまりにも強ばっていて、とても笑っているとは言えないようなものだったけれど。「早死にされたいおつもりなら、わたくしの目に映らないところでやっていただきたいものだわ」
 再びワンピースの裾をつまもうとしてロザリアは、それが無駄なことに気づいたらしい。濡れきったそれをそのままに、踵を返そうとした。
 「……ジュリアス様!」
 その声に、身動きとれなかったジュリアスの躰が呼び覚まされたように動いた。ぐい、とロザリアの手首をつかむとジュリアスは、それを強く引き寄せた。
 「きゃっ!」
 川の水とジュリアスの勢いの両方にバランスを崩してロザリアはよろめいたが、その躰をジュリアスは受け止め、強く抱き締めた。
 ……私は知らなかった。
 だから気づかなかった。
 私は常に他の者を護ろうとしてきたつもりだった。だから自分が……護られている、護りたいと思われているとは……思わなかった。
 強烈な愛おしさが、ジュリアスの中からわき上がってくる。
 私のことを心配するあまり、自分のことでは決して涙を見せぬロザリアが−−私という存在が失われるとでも思ったのか、この娘は。
 憎まれ口を言い、いやいやと腕の中でもがくロザリアの躰は震え続けている。その震えを止めたいとばかりにジュリアスはなおも強くロザリアを抱き締めた。素肌にぴたりとロザリアの、濡れて冷たくはなっているものの柔らかな躰を感じてジュリアスを一瞬惑わせる。
 ……まさか。
 それを払拭するかのようにジュリアスは再び、自分を呼んだ声の主を見る。少しほっとしたような……それでいて困ったような表情でいるリュミエールを。
 首座たる行為から、完全に逸脱している。
 わかっている。けれど今、この腕を解くつもりはない。
 「リュミエール」
 「……はい?」
 呼ばれてリュミエールは……微笑んだ。
 その笑みにジュリアスは、リュミエールが自分やロザリアを咎めてはいないことに気づく。いや……むしろロザリアを引き留めるよう促してくれた。声をかけてくれなければ、あのまま、残酷に傷つけたロザリアを行かせてしまうところだった。
 だから、リュミエールにはきちんと告げておくべきだと思った。
 「紹介する」離れようともがくロザリアを自分の胸の中に押し込めるように抱いたまま、ジュリアスは言う。「これが、毎年八月に会う『子ども』だ」
 きっぱりとしたジュリアスの告白に驚いて、ロザリアは動きを止めた。
 「六つから……でしたよね」
 「そうだ」
 「……え?」
 ロザリアが、顔を上げてジュリアスを見た。それを見下ろし、笑いつつジュリアスは応える。
 「この『子ども』は覚えておらぬがな」
 そうしてすっと屈むと、片腕をロザリアの腕の脇に回し、もう片方の腕を足の膝の裏側に通した。
 「ちょ、ちょっと、ジュリアス!」
 狼狽えるロザリアを無視してジュリアスは尋ねた。
 「膝をどうした」
 「え?」
 「怪我をしているであろう。それに……」引き上げたロザリアの足の踵にジュリアスは目を走らせた。「靴ずれだ。そなたは相変わらずやせ我慢をしてここまで来たようだな」
 目を丸くしてロザリアはジュリアスを見た。だが、ぐっとジュリアスの腕に力が入ったのを感じ取るや否や首を横に振った。
 「抱っこなんていや……」
 そこで言葉が止まる。そして今度はロザリアの方が呆然として、間近になったジュリアスの顔を見つめた。
 「そなたは面白いな、ロザリア」くすくすと笑いながらジュリアスは続ける。「生意気な口を利く割には今、六歳のときとまったく同じことを言ったぞ」