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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆17

 リュミエールは、目の前で繰り広げられる光景に目を丸くしていた。
 この、どちらが先に風呂を使わせてもらうかで揉めている……首座の守護聖と、次代の女王候補……の。
 「ジュリアスの方がずっと川の水の中にいて冷えているんだから、先に使わせていただくべきだわ!」
 「何を言う、そのように濡れた服のままでいるつもりか!」
 ジュリアスが助けた少年の父親は、王立研究院から森の管理を依頼されてはいたが、もともと木こりを生業にしていて、件の川原近くにあるこの場所に居を構えていた。
 少年は比較的元気ではあったものの、少し水を飲んだこともあって疲れているようなので大事をとって部屋で休んでいる。父親の男は、少し上流の川原へジュリアスが置いてきたままの馬と、シャツや乗馬ブーツを引き取りに行った。
 そして母親の女が、風呂の用意ができたので温まってくださいと、彼らのいる居間へ言いに来たことから、この調子で言い合いになっているのである。彼女がいる間、黙ったまま視線だけで二人がやりとりしていることを微妙に感じ取ったリュミエールが、機転を利かせて「申し訳ございませんが、ジュリアス様にタオルかシャツか何でも結構ですので肩に掛けられるものをもう一枚……それとロザリアにはローブか何か……」と言い、女も「何か見繕ってきますね」と答えて行ってしまったのを見届けるなり、こうだ。
 「んまあ!」ロザリアはキッとジュリアスを睨みつける。「いったい誰のせいでこんなに濡れてしまったと思っているのかしら!」
 「何?」
 「わたくしの服が濡れたのは裾のあたりまで。あとは多少濡れたものの乾いていてよ。それが濡れてしまったのは、ジュリアスが川から上がってそのままわたくしを−−」
 そこでロザリアは言葉に詰まってしまった。詰まって……微かに頬を赤くした。一方文句を言い返そうとしたジュリアスも思い当たって黙り込んだ。
 ようやく自分の口が挟めるときだと、リュミエールは判断した。
 「……お二人とも」静かに、しかしきっぱりとリュミエールは言った。一斉に二人がリュミエールを見る。両者とも、もともとまなざしのきつい質なので内心たじろいだものの、リュミエールは続けた。「このままではお二人とも風邪をひいてしまいますよ」
 すると一気に二人ともどもバツの悪そうな表情になるので、顔には出さないけれどリュミエールは笑ってしまう。
 まるで本当に、兄妹、あるいは従兄妹同士のよう。お互いのことが心配なあまり小競り合いしてしまうほどに仲の良い−−そう、先ほど見られたあの一瞬の、濃密な空気とはまるで異なる−−
 そしてリュミエールはすっと視線をロザリアに移した。上半身裸のままでもまだ、水分を拭ったジュリアスより、濡れた服を着たまま脱がないでいる−−当然脱ぐ訳にはいかないが−−ロザリアを優先すべきだと判断したのだ。
 「……わかりました」リュミエールにまで悪態をつくつもりはロザリアにはないようだった。「わたくしが先にいただきますわ」
 そこでジュリアスが「最初からそうすれば良いのだ」と言いたげな様子−−たぶん本当に言いたかったのだろう−−で頷くものだから、またそれがロザリアのカンに障ったようだった。
 「ジュリア……」
 「乳母の方とは連絡が取れましたよね、ロザリア」
 滅多にしないことだが、ロザリアの言葉を遮り、リュミエールが尋ねた。
 「……あ、はい、リュミエール様……すぐに服を持ってここへ来ると……」
 「そうでしたか。それではロザリア、しっかり温まってくるのですよ」
 毒気を抜かれたようにロザリアは瞬きしていたが、ふっと微笑むとリュミエールに会釈した。
 「ありがとうございます、リュミエール様……誰かさんもリュミエール様ぐらい優しかったら良いのですけれど?」
 「ロザ……!」
 むっとして今度はジュリアスが文句を言おうとしたが、ロザリアはさっさと、奥の方にいる少年の母親に声をかけるため行ってしまった。
 「……ジュリアス様」
 なだめつつも、リュミエールはもうがまんできずにくすくすと笑ってしまった。ジュリアスは不機嫌そうな顔のまま居間の簡素な木製の椅子に深く座り直していた。
 たぶん以前なら、リュミエールはこのように笑うことなどできなかっただろう。正直に言えば、リュミエールにとってジュリアスは苦手な部類に入る人物だった。この人は、守護聖となるためだけに生まれてきたような人だと思っていた−−あの八月までは。
 けれど今は。
 「……リュミエール」
 不機嫌そうな表情がすっと収められ、リュミエールの向かい側、少し斜めに顔を傾け、目を伏せたままジュリアスは、呟くように言った。
 「すまない……」
 「……えっ?」
 唐突な詫びの言葉に、それまで余裕のあったリュミエールは虚を衝かれたように驚いてジュリアスを見つめた。ふぅ、と小さく息を吐くとジュリアスはゆっくりとリュミエールを見返した。
 そう。少し前まで、まともに見られなかった。自分よりずっと濃く、凄烈な蒼の瞳が自分を見据えている。だがそこには、以前自分を怯えさせた、尖ったようなものは感じられない−−もともと、なかったのかもしれない。あったような気がした−−思い込んでいただけなのかもしれない。
 「今だけ許してくれ。ここを出る頃には元に戻す」
 意味がわかった。わかってしまってリュミエールは少し、切なくなった。
 思い出す。
 この飛空都市に来る前、リュミエールの許へ、泳ぎの練習をしたいと言ってきたジュリアスが、少しずつ語る八月の『子ども』とその家族のことを。