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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆22

 それは、ジュリアスがリュミエールから水泳の手ほどきを受けるようになってから十日ほど経った頃だった。ジュリアスは、どうにか水の中に顔を浸け、浮くことを覚え、水の中でなら上手く呼吸−−ただし、吐くのみだが−−をできるようになり、足を動かしてなら少しは進めるようになり始めていた。たった二週間という期限付き、しかも執務終了後の、正味一時間程度のこの『習い事』に熱中するジュリアスの上達ぶりは、教える側のリュミエールにしても、とても嬉しいものだった。
 あの『八月』こと隔週土の曜日まであと四日。二人は限られた時間、集中して練習にいそしんでいた−−少々の無理は気にならないほどに。



 「よくがんばりましたね、ジュリアス様。もうここまで泳ぐことができたら、距離を伸ばすのは、さほど難しいことではありませんよ」
 「そうか、それならもう一度泳いでみよう」
 「ああでも、もうおあがりにならないと……」
 「まだ大丈夫だ」
 「ですが」
 「あまり時間がない。明日は、先ほど戻ってきた視察団の謁見があるから、もしかしたらこちらへは来ることができないかもしれない」
 「そういえばそうでしたね……それでは、あと一度だけ」
 水中で泳いでいる様子を見ながらリュミエールは、相変わらず水面あたりで息つぎをするのが苦手なジュリアスを、次の段階では上手く息つぎができるようにするにはどう教えれば良いか考えていた。
 プール中程もいかないところで、ジュリアスは斜行し、プールサイドの縁に手をかけた。リュミエールのプールは中程へ行くほど深くなり、背の高いジュリアスでも全く足のつかない状態になる。それが苦しくなる前にプールサイドへ戻っておかなければならないので、実際に測定でもすればそれなりには距離は伸びていることだろう。
 満足げに頷くとリュミエールは、ざばんと水中から出てきたジュリアスに手を差し伸べようと膝をついた。
 ジュリアスは大きく息を吸うと、髪をひとまとめにしていた髪ゴムを外し、まるで藻のように黄金色の髪を水面に広げて、吸った息を大きく吐いた。
 「前から思っていたのですが……お使いの髪ゴム、綺麗なデザインですね」
 「ああ」ジュリアスは手の中のそれをプールサイドに置いた。太めのゴムにさまざまな黄色のビーズのついたそれは、単品で見ればジュリアスのような男がするにしては、あまりにも可愛らしいものではあったけれど、先ほどまでジュリアスの髪の上にあったとき、妙な自己主張をすることなく留まっていた。
 「前回の海の帰りがけ、水泳の練習をするのなら必要だと思い、買っておいたのだ。だが少々締まりがきつくて痛い」そこまで言ってジュリアスはリュミエールを見た。「私がこのようなものを持っているのはおかしいか?」
 「いえ」微笑むとリュミエールは改めてジュリアスに手を差し伸べた。「洒落たものをお持ちだとは思いましたが」
 リュミエールの手を借りてプールサイドに上がるとジュリアスは、リュミエールから「息つぎができるようにならなければ、長距離を泳ぐことはできませんよ」と言われ、むぅと考え込みつつシャワー室へ向かった。そしてシャワーを浴び、トーガだけを身につけたところで、リュミエールが軽い食事でもいかがですかと誘った。ジュリアスは頷いたけれど、先ほどの髪ゴムを置き忘れたから取りに行くと言った。それでは私が、とリュミエールが申し出たのだが、自分のものだから良い、すぐ戻るからと告げると、ジュリアスは再びプールサイドへ向かっていった。
 リュミエールはしばらくシャワールーム横の控えの間でジュリアスが戻るのを待っていた。だが、いっこうに戻ってくる気配がない。
 嫌な予感がした。



 プールには人影がなかった。ただ、満々と入った水の音が、ちゃぷん、ちゃぷんと微かに聞こえるだけだ。
 もちろん控えの間からここに来るまで、ジュリアスとすれ違うはずもない。控えの間を通らなければ、プールの外へは出られないのだから。
 リュミエールは、ぐっ、とシャツの襟元を掴んだ。そしてプールへ駆け寄りながらシャツをまるで引きちぎらんばかりに脱ぎ捨てた。本当はゆったりとした生地のパンツも脱いでしまいたかったが、それでは間に合わないと判断した。
 足の裏が、プールサイドの縁を強く蹴る。
 ざぶり、と音をたてたものの、後は波しぶきひとつ起こすことなくリュミエールはプールの中へ飛び込んだ。
 やはり。
 水の中−−かなり深い位置に白い布がふわりふわりと揺らいでいるのが見える。
 リュミエールにとってジュリアスは、本当に良い教え子だった。言ったことをよく守っている。布の中、じっと身をくるませるような格好でジュリアスの金糸の髪が揺れている。
 『万が一、溺れるようなことがあっても、決してもがいたり騒いだりしてはなりません。人の躰は、きちんと浮くようにできているのですから。ただ−−』
 胸が一気に締めつけられるような思いでリュミエールは、近づくにつれ、かなり深い位置で片足を掴みながら息を堪えているジュリアスの様子を見た。
 そう、あのトーガだ。
 それに水がしみわたり、腕や足にまとわり、絡みつき、ジュリアスの躰が浮くのを阻んでいる。自分のこのパンツですら足の動きを邪魔しているのだから、たっぷりと布を使ったトーガでは言わずもがなだろう。
 しかもあの様子ではたぶんジュリアスは、こむら返りを起こしている。急激に足がつったせいでプールの中に落ちてしまったのか、あるいは何だかの拍子に落ちてその後に足がつってしまったか。
 一方、ジュリアスもリュミエールに気づいたようだった。微かに目を細めたようだったが、こちらを見ている。リュミエールは自分の口のあたりに掌を近づけると、それを上に向けてゆっくりと回してみせた。少しずつ、息を吐くように指示しているつもりだ。
 ジュリアスにもそれがわかったらしい。ぷく、ぷく、と小さな泡がジュリアスの口から漏れていく。それに比例するかのように、少しずつジュリアスの躰も水底へ沈んでいく。だが、返って息を止めたままよりは幾分楽になったようだ。
 ジュリアスの背後に回るとリュミエールは、両脇をすくい上げるようにして自分の腕を掛け、ぐいっと引っ張りつつ水面へと上っていった。