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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆30

 コラは、苛々としながらロザリアとアンジェリークの部屋を行ったり来たりしていた。
 ロザリアからアンジェリークを看ておくようにと言われ、何か少しでも食べられるよう温かなスープを作ろうと寮の厨房に行っている間にアンジェリークの姿が消えていた。見ればガウンをはおって出ていったようなので、すぐ戻るだろうと思って待っていたけれど、いつまで経っても戻ってこない。
 そしてロザリアもまた。
 通常ならば定期審査を終え、飛空都市に戻るとその足でフェリシアを一巡りしてから寮へ帰ってくる。だから今ごろはもうとっくにここへ戻ってきているはずなのに……。
 王立研究院を通じて聖地へ連絡を取ろうにも、忙しいのか誰も応じてくれない。ロザリアの身に何かあったのではないかと、コラは心配になった。
 そこでコラは意を決すると、寮の管理人に留守をすること、ロザリアから連絡があったらすぐ知らせてほしい旨を伝えて、王立研究院へと向かった。
 コラ自身、滅多にここへは足を踏み入れないものの、二、三度来たことはあるので、今、目の前の状況のあまりの違和感に戸惑ってしまった。
 人がいないのだ。
 全くいない、という訳ではない。けれど、明らかに人の気配が少ない。
 とにかく、誰かを捕まえなくてはと思ったところで扉が開き、小走りに駆けていく研究員の一人を見つけた。声を掛けようとしたが、必死の形相だったので思わずコラは口をつぐんだ。そうやって何人かは見かけたものの、いずれも多忙を極めているかのように走り回っている。
 埒が明かない。
 業を煮やしてコラは、訪れた際の記憶をたどり、遊星盤の発着場あたりをめざして奥へと進んでいく。通常であれば、とっくに見咎められて外で待つよう言われるに違いないけれど、今は全く呼び止められることはなかった。
 そしてその、遊星盤の発着場の扉へと辿り着いた。
 コラのような一般の民−−いくら女王候補ロザリアの付き添いとはいえ−−が、到底踏み入れることなどできない場所だ。緊張した面持ちでコラは、おずおずと目の前の大きな扉に手をやった。一瞬逡巡したものの、それでもロザリアのことを思う一心で、思い切って扉を開くべく渾身の力を込めて押した。
 扉は、意外なほど軽く開いた。そして深く礼をするとコラは、少し顔を上げ、あたりをうかがった。大きな機械や計器類の中、窓の外の光景が目に入る。もうすっかり日が暮れ、辺りは暗く、その中を浮かび上がるように照明の光が見えている。
 ロザリア様はいったいどこへ……。
 嫌な予感に苛まれつつコラは、きょろきょろと見回した。
 「どなたかいらっしゃい……」
 「誰だっ!」
 叫び声と共に現れたのは、研究員らしき青年だった。
 「……あなたは確か……」
 「女王候補ロザリアの乳母でございます」
 会釈するとコラは、ようやく話が聞けると思い、彼に近づいた。
 「主を捜しております。フェリシアへ参ったのでしょうか?」
 「……ええ、まあ……」
 そう返事しながらも彼は一瞬、どうしようかと惑った様子だった。
 「いつもならもうとっくに戻っている時間ですのに、まだ帰らないので心配しております、呼び出していただく……ことは可能でしょうか」
 「いや……それは……」
 何か言い淀んでいる様子にコラは苛立った。
 やはりロザリアはここへ来て、今はたぶん……フェリシアへ行っているのだろう。それにしてももう夜になる。なのにまだ帰らないなんて。
 そしてアンジェリークもまた。
 そのとき、ジリリと心臓が飛び出るほど大きな音が響いた。その音の大きさにコラは飛び上がるほど驚いたが、それは彼にしても同様だったらしい。慌ててその音のする方へ走っていく。ここでロザリアの行方を知る手がかりを逃す訳にはいかないと、コラもその後を追った。
 赤いランプのようなものが激しく点滅している。通信装置のひとつが、けたたましい音をたてているらしい。彼は飛びつくようにしてその赤ランプ−−スイッチらしい−−を押し下げた。とたんに声が−−コラのよく知っている声が、その場に響き渡った。
 「ロザリアはどうした」
 一介の研究員に過ぎないらしい彼は、一瞬声の主が誰かわからなかったらしい。けれど、やがてその表情が見る見るうちに強ばり、ごくりと唾を呑み込む音がした。
 「疾く返事せよ」
 返事をしない彼に焦れてか、その声が返答を促す。彼が何か言おうとする前に、コラが彼を押し退けるようにして叫んだ。
 「ジュリアス様!」
 この研究員に尋ねるよりも、ずっと適切な人物がいた。
 「そなた……コラか」少し声が低くなった。「どうしてそこに」
 だがコラはそれには返事しなかった。そのようなことよりも彼女には、どうしても聞きたいことがあった。
 「いったい何があったのです? ロザリア様はどうなさったのですか、それにアンジェリークさんも帰ってこないし」
 一瞬の沈黙。
 本当に一瞬のことだった。けれどコラには酷く長く感じられた。
 「試験は終わったのだ……アンジェリークが女王となる」
 愕然としてコラは、もう少しでがくりと膝折れそうになった。
 こんな急転直下に決まるとは……。
 しかもロザリア様が。
 ロザリア様があの少女に……負けた? 
 「現在我らは宇宙の安寧を守るべく、星の間に籠もっている。そしてロザリアは」妙に遠くの方から聞こえるような、ジュリアスの声が続く。「エリューシオンとフェリシアを巡ってくれてい……」
 「何が宇宙の安寧ですかっ!」まるで取り憑かれたようにコラは叫ぶ。「あなた方は一人の少女の大切な時間−−人生を台無しにし、踏みつけにしておいて、宇宙を安寧に導こうというのですか!」
 微かに息を呑む音がした。けれどまた、すぐ返事があった。
 「……そうだ」
 コラは一気に頭へ血が上るのを感じた。
 瞬間、あの海岸で、あるいはホテルの食堂での、ロザリアを見守るジュリアスの穏やかで優しいまなざしが浮かんだ。それと今、短く残酷な答えを返した光の守護聖とが同一人物であることにコラは、どうしようもないほどの憤りを覚えた。
 「なんて酷いことを……っ! そのためにロザリア様や主がどうなっても良いと?」
 「なに、そなたの主がどうし」
 「カタルヘナ家を滅茶苦茶に潰しておいて、それで宇宙の安寧などとおっしゃるわけですか! ジュリアス様、よりによってあなた様が!」
 「ちょ、ちょっとばあやさん!」ようやく我に返ったように研究員の青年がコラを抑えにかかった。「光の守護聖様になんて失礼なことを! 詫びなさい!」
 しかしコラは彼を無視した。怒りと悔しさのあまり涙で潤んで周りの何もかもがぼやけてしまった。だが、通信装置の向こうにいる人物−−ジュリアスだけは何としても掴んで離さないつもりだった。
 「一人の少女ですらそうやって不幸になさるようなあなた方に、いったい宇宙の何が救えると」
 けれどコラの叫びはそこで遮断された。
 滂沱として涙を流すコラの腕に、そっと触れた者がいた。そしてその腕が後ろへとゆっくり引かれる。
 はっとしてコラが振り返ると、そこにはロザリアが立っていた。