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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆31

 コラに代わり、通信装置の前に立つとロザリアは、静かに言葉を発した。
 「……どうぞ乳母の無礼をお許しくださいませ。わたくしからよく言い聞かせておきますから」
 そして小さく息を吸うとロザリアは微笑んで−−
 コラは驚愕する。
 微笑んでいる。
 どうして……微笑んでいられる?
 「心おきなく……お役目を全うされますよう」
 そうしてたぶん−−向こうの言葉を待たずにロザリアは、通信装置のボタンのひとつを押して、通信を切った。泣き濡れたコラとは対照的にロザリアは、今このようなときですら涙一つ浮かべていない。コラにはむしろ、それが無性に痛ましく思えてならなかった。
 「あなたも……ごめんなさいね、驚かせてしまって」
 ロザリアはそう言って、呆気に取られている研究員の青年に軽く頭を下げると、すぐまた遊星盤で出かけるからそのままにしておいて欲しいと告げた。そして再びコラの腕を引き、部屋の扉口近くまで連れてくると、小声でコラに言った。
 「……お父様がどうかしたの?」
 先程の言葉について尋ねているのだろう。思わずコラは目を伏せる。
 「出がけに言いたかったのは……そのこと?」
 「はい……その」
 唇を噛んでコラは大粒の涙をこぼす。女王試験に敗北したことに加え、まさか自分がなおもロザリアを苦しめることになろうとは思いもしなかった。
 「館を……抵当に入れていらしたようで……」
 ロザリアの眉がきゅっと上がる。
 「支払いが滞っている……と。けれどそれより……ロザリア様」
 顔を上げてコラはロザリアを見た。
 「お父様はもう……全く働く−−生きる意欲を失っていらっしゃるそうです……館で働く者たちにも、早く余所の良い仕事場を見つけるようおっしゃっていると」
 それをコラは、カタルヘナ家で彼女同様長く勤める執事から聞いた。里心が起こるからと実家との交流を一切絶っているロザリアを見かねてコラは、時折カタルヘナ家に連絡を取っていたのだった。
 「奥様だけでなく、ロザリア様をも取り上げられ、お父様は完全に気力を失われたそうです。事業も上手くいかなかったりして、ますます……」
 「ばあや」
 言葉を遮って、ロザリアはコラを見据えた。
 「とりあえずわたくしは、今、ここでわたくしのできることをやってきます。けれど」
 白く、細い指先がそっとコラの涙で濡れた頬を撫でた。そしてそれがすっと顎の下へ降ろされ、離れる。
 「部屋の荷物はまとめておいてちょうだい」
 ぎょっとしてコラが声をかけようとしたときにはすでに、ロザリアは部屋の奥−−遊星盤の発着場へ向かって歩き出していた。
 「ロザリア様!」思わず声を上げて、コラはロザリアを追いかける。「どこへ?」
 「フェリシアへ」振り返らずロザリアは答える。「……エリューシオンへも」
 「そんな、ロザリア様!」
 何を今さら……あの聖地の人々−−ジュリアス様はロザリア様を見限ったというのに!
 そう叫ぼうとするコラを制するかのようにロザリアが続ける。
 「今、あの大陸の民たちの心配をしてあげられるのは、わたくしだけなのよ」
 ロザリアが、そのように毅然として言えば言うほど、コラは泣けてくる気がした。だがこれ以上、自分が泣いたところでロザリアを困らせてしまうだけだと思い返して我慢した。
 私こそ、何のお役にも立てない……。
 どうにかすぐ近くにまで追いついたと思ったところでコラは、ロザリア自身が立ち止まっていることに気づいた。
 振り返らないまま、ロザリアは言う。
 「お茶を用意しておいてくれる? 長丁場になると思うから、ばあやの淹れてくれるお茶が欲しいの」
 「……はいっ!」
 思わずコラは大きく頷き、返事する。そんなロザリアの、さりげない心遣いが嬉しかった。
 そのロザリアは、コラにわかるよう大きく頷いてみせると再び発着場へと戻っていった。