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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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 通信装置を手から離すとジュリアスは、今いる小さな控えの間の窓を見た。
 アンジェリークが、ロザリアの願いによって一瞬エリューシオンとフェリシアへ心を向けたのを幸いに、少しだけと猶予を乞うてジュリアスは、ロザリアの状況を確かめようとこの控えの間で飛空都市の王立研究院へ連絡を入れていたのだ。
 窓から望む、あの空の向こう−−飛空都市にロザリアはいて、彼女とアンジェリークが育成する二つの大陸を見守っている。
 『心おきなく……お役目を全うされますよう』
 短く残されたロザリアの言葉が蘇る。
 「……潔いな、ロザリアは」
 そう呟いてからジュリアスは、ロザリアに対し幾度となくそう思ったことに気づく。
 潔いし、強い。
 打たれて一時は悩むことがあったとしても、その後にはすぐ前を見据えている。決して人前で涙を見せることなどない−−ただ一度、飛空都市にあるあの滝の上流で、ジュリアスを心配するあまり激昂してしまったとき以外は。
 そのような、ただ強がる振りをする彼女を、少しもどかしく思ったこともあった。
 けれど、今は違う。
 あの僅かな言葉の裏で、どれだけロザリアが苦しい思いをしたか−−理解できる、などと言ってしまうつもりはない。何故ならジュリアスは、以前であれば女王候補として、育成した大陸を見守ることは当然の『役目』だと割り切っていたからだ。それが守護聖として、女王として、あるいは女王候補として当たり前のことなのだと思っていた。
 けれど−−
 けれど今ジュリアスは、ロザリアの口から出た『役目』という言葉の中に、何とも言い難い魂の近さを感じている。守護聖だからこそ、女王だからこそ、そして、女王候補だからこその『役目』。それを各々の場所で懸命に果たそうとする気力に満ちている。
 再び通信装置を起動させる。今度はすぐに返答があった。
 「……ロザリアは?」
 どうやら先程の若い研究員らしい。少々焦った口調ながら、ロザリアは再び遊星盤に乗って大陸へ向かったと言った。
 「そうか……ところで」
 確か、飛空都市の研究員はほとんど聖地の王立研究院へ戻り、飛空都市と大陸を含め、すべて聖地の方で監視体制に入ることになっていたはずだと思い返し、何故そなたがここにいるのかとジュリアスが尋ねたところ、彼は口ごもりながら「ロザリアさんに……命じられて……」と答えた。
 「なに?」
 ジュリアスの声が不機嫌なものになったと勘違いしたらしい。研究員は慌てて言葉を付け加える。
 「あの、あの……っ! 確かにロザリアさんに言われて遊星盤を起動はさせました、させましたが、彼女の大陸へ行きたいという思いは、僕……いえ、わ、私も共感して、その……別に彼女に威されたとかそういう意味では……」
 聞いている途中でジュリアスはくっ、と笑った。それが通信装置の向こうにも聞こえたらしい。
 「ジュリアス様……?」
 「良い」微かに笑ったままジュリアスは告げる。「私からも頼む。しっかりロザリアを援護してやってほしい」
 一瞬、彼は言葉を詰まらせたようだった。だがすぐにうわずった声ではあったけれど「はい!」と、なかなか頼もしい返事が戻ってきた。
 通信の接続を切るとジュリアスは、操作のためのボタンに触れた右手の、中指と薬指を見る。ロザリアのことを思うとき、すっかりこの二本の指を見つめる癖がついてしまっていることに気づいてジュリアスは苦笑する。
 まだ幼すぎて私の手自体を握ることもできず、この二本の指をきゅっと握り締めていた小さな『子ども』−−それが、いつの間に。
 相変わらず、感覚がついていかない。こちらの思いと、実際に存在する少女の成長ぶりとの格差は否応なしに開き、ジュリアスを戸惑わせる。
 いや。
 格差が開いているから、というのとは違う。
 むしろ、近づきつつあるから−−
 その瞬間ジュリアスの中ではっきりと、あの馬上でロザリアの細くしなやかな手に触れ、握ったときの感覚が蘇る。思わずジュリアスは、あたかも自分の視線から指を−−その思いつきと感覚を−−打ち消すかのように折り曲げ、ぎゅっと握り締めた。
 「……戻らねば」
 まるで自分に言い聞かせるように声を出して呟くと、ジュリアスは踵を返し星の間へと急いだ。
 静かに入室したけれど、リュミエールがこちらを見た。彼もまた、あの二つの大陸へ力を送っただけにロザリアのことを気にかけているに違いなかった。こくりと頷くことでロザリアの健在を知らせると、疲れの濃く浮かび上がった彼の表情も、ほんの少し緩んだようだった。
 自分の場所へ戻るとジュリアスは、目を閉じてアンジェリークからの指示を待つ。そしてそれはあっという間にジュリアスの中へとやってきて、生じた戸惑いを押し流していく。



 そう。
 私には、私にしかできない役目がある−−ロザリアにはロザリアの役目があるように。
 ならば今はただ、その役目を全うするのみ−−
 その思いだけが、ジュリアスを支配し、動かしていく。
 まさにロザリアが告げた、その言葉どおりに。