あなたと会える、八月に。
「戻る……?」
だがジュリアスが続きを言う前にロザリアは小さく「今だけお願い!」と早口で言うと、膝をついたまま身を投げ出し、ジュリアスの首に両腕を巻き付けた。
「ロザリア!」
勢いがついていたことと、ジュリアス自身、著しく体力が落ちていたこともあり、どん、と床に尻餅をつく形になってしまったが、どうにか倒れずにロザリアを受け止めることができた。
驚いたもののジュリアスは、ロザリアを引き剥がすことなどできなかった。
無論、先程自分がやってしまった行為を棚に上げて一方的にロザリアを突き放すつもりはない。そういえば十六歳の八月、ロザリアからの思いの丈を情け容赦なく拒み、けれど親しい家族の娘としての愛情だけはたっぷりあったので、宥めるために抱き締めてやったことはあった。けれど先程のそれは明らかにあのときと意味合いを異にしている。
私は疲れているのだ。
ジュリアスは思っている。
だからロザリアの−−目の前にいる女の−−ちょっとした表情や行為にも敏感に反応して−−
……女、だと?
たまらなくなった。
自身の心を分析することすら鬱陶しくなった。
ただ自分の首に腕を巻き付けて、小刻みに震えたままじっとしている−−別れを惜しんでいるに違いない−−この娘が愛おしくてたまらなかった。
とにかく柔らかなその躰にもっと強く触れていたかった。それがあまりにも心地良かったからだ。それほどにジュリアスは疲れ切っていた。
だから、床についていた両腕が動いた。
片腕はロザリアの背へ、そしてもう片方の腕は腰に回し、強く引き寄せた。まとわりつくトーガの布をそのままに自分の脚を広げ、その間に彼女の躰を割り込ませてなおも強く抱き寄せるとジュリアスは、その首から肩にかけて流れる髪に顔を埋めた。
良い香りがする。
あまりにも良い香りで、酔ってしまいそうだ−−
「ジュリア……」
巻き付けたはずの腕が余ってしまうほどにぴったりと躰を合わされロザリアは狼狽した。両腕が所在なさげにジュリアスの肩の上でぶらぶらと揺れている。
おかしい。
ジュリアスがおかしい。
確かにわたくしは、聖地でこうして二人きりで会えるのは今だけだと、引き剥がされるのを覚悟のうえ思い切って甘えてみたのだけれど、だからと言ってこれは−−
そのとき、温かで柔らかな感触がロザリアの首筋をかすめた。
びくりとして思わず躰を震わせたとたん、ジュリアスの腕の力が緩んだ。
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月