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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆35

 「私は……」
 そっとロザリアから身を離し、その肩を押し返すとジュリアスは、一瞬視線をロザリアから外したものの、思い直したかのように再びロザリアを見据えて言った。
 「宮殿へ戻らねばならない」
 まだ先程のジュリアスの抱擁の意味が掴めぬままロザリアは、けれどそれを問い正す気力もないほどの恐さと、それを凌駕する心地良さの両方を味わい、ぼぅっとしたままこくんと頷く。そして思い出したように急いで、床に置かれた押し花のカードを手に取った。
 「……アンジェリークは……どうしています?」
 「今は星の間横の控えの部屋で休んでいる……というか」少しだけ苦笑してジュリアスは続けた。「皆で説教して無理矢理休ませた。妥協して控えの間に寝台を用意させたほどだ」
 「……そう」
 そうして目を伏せたもののロザリアは、カードの一枚をジュリアスに差し出した。
 「これを、アンジェリークへ渡してくださいな」
 「何を」怪訝そうな表情に変えてジュリアスが問う。「そのようなこと、そなた自身がすべき……」
 「だって今、休んでいるんでしょう? なら、宮殿へ戻ったとき、ついでに枕元にでも置いてくだされば」
 それもそうだと思ったらしい、ジュリアスはそれを受け取ると、ゆっくりと立ち上がり、ロザリアに手を差し伸べた。
 「さあ、とりあえずそなたも一度寮へ帰って一息入れるが良い」
 差し出されたジュリアスの掌を、ロザリアは一瞬凝視する。そうしてゆっくりとそれに自分の手を添え、微笑んだ。
 「……ありがとう、ジュリアス」



 儚げな笑みだと思った。
 ロザリアの泣き顔もそうそう見たことはなかったが、このような表情をジュリアスは、今まで一度も見たことがないと思った。
 言いようもない不安に駆られる。
 「さあジュリアスはもう戻って。わたくしもゆっくり寮へ帰るから」
 「いや……」ジュリアスは、ロザリアの手を離したもののその手を肩に回し、続ける。「送ろう。もっとも送ると言っても……」
 「おう、ロザリア!」
 ひょっこりと顔を出したゼフェルに、ロザリアの、あの儚げな笑みが消え、ぱっと明るい表情に変わった。
 「ゼフェル様!」
 「ごくろーさんだったな……オレのエア・カーで送ってやるからありがたく思え」
 「まあ、ゼフェル様ったら、相変わらずお口の悪いこと!」
 ジュリアスはそっと、ロザリアの肩から手を離す。ふだんのロザリアだ。少し安心した。何故さっきは不安になったのかわからないまま、ゼフェルと楽しげに言葉をやりとりしているロザリアの様子を後ろから見ていた。
 こうやってすでに、他の守護聖との気心も知れているのだ。主星など戻らず、このまま聖地に残って生きていく道もあるはず−−
 「ジュリアス!」ゼフェルが振り返って叫ぶ。「何、とろとろ歩いてんだよ! あんたもとっとと来て乗れよ!」
 「……あ、ああ」
 頷いてジュリアスは、歩を速めた。
 歩きながらやはり自分は疲れているのだと思った。
 混乱している。
 何を、どうしたいのかわからないままでいる。
 私はロザリアを引き留めたいのか?
 だが引き留めてどうする?
 女王補佐官になるつもりなど、ロザリアには少しもないに違いない。あればとっくにそのように言っている。彼女の意志は常にはっきりと示されるから−−『主星へ戻ります』と。
 「二人とも後ろへ」
 ゼフェルの言葉に従い、ジュリアスとロザリアは後部座席へ乗り込んだ。
 すぅっ、とエア・カーが浮き上がる。
 隣でロザリアの肩が触れる。ふと見ると膝の上、綺麗に揃えられた両手の指先が微かに揺れている。
 いや−−揺れるはずはない。ゼフェルの運転はとても滑らかで、揺れるほど荒くない。
 震えているのだ。
 思わずジュリアスはロザリアの表情に目を転じる。
 ごくごく普通だ。
 けれど指先を震わせるのは、ロザリアの−−



 同じ飛空都市の中なので、寮へはすぐ着いた。エア・カーの窓越しにロザリアは、ゼフェルとジュリアスに深々と頭を下げた。
 「ご多忙中、お疲れでしょうに……どうもありがとうございました」
 「ああ……おめーこそ、今夜はしっかり寝ろよな」
 「まあ」少し驚いたようにロザリアは言う。「今日はお優しいんですね、ゼフェル様」
 「べ、別に……」そう言ってからゼフェルは、照れ隠しのようにガッと後ろを振り返った。「ジュリアス、あんたも黙ってねーで何か言えよ」
 短い時間とはいえ、二人がひと言も喋らなかったことを少し気にしてか、ゼフェルがそう言った。
 言われてジュリアスは窓から、ドアのすぐ側に立っているロザリアを見上げる。
 「ロザリア……」
 「……はい?」
 「私に何か言うことはないか」
 一瞬、ロザリアが息を呑み、唇を噛んだのをジュリアスは見逃さなかった。だがロザリアは微笑むと、ゆっくりと首を横に振った。
 「いいえ、もう何も」
 そこまで言っておきながらロザリアはいきなり「あっ!」と小さく声を上げた。
 「な、何だ?」
 「いえ、あの……少し早いですけど」腰を屈め、エア・カーの座席に座っているジュリアスに目線を合わせるとロザリアは告げた。「お誕生日、おめでとうございます……二十六歳……ですよね?」
 「え……?」
 目を見開いたジュリアスに、ロザリアは苦笑した。
 「日にちをお忘れになるぐらいずっと……籠もっていらしたんですよね、星の間に」
 それはまさにそのとおりだった。呆気に取られたかのようにジュリアスはロザリアを見つめた。
 「一週間前、ですけれど?」ふふ、と笑ってロザリアは続ける。「でもどちらにしても今年のお誕生日はきっとお忙しくて、のんびり過ごせませんわね」
 「そう……だな」
 その言葉に頷いてみせるとロザリアは、すっとエア・カーから離れた。
 「ありがとうございました。それではお休みなさいませ」
 「おう、じゃあロザリア、また明日な!」
 そう言ってゼフェルはエア・カーを起動させる。
 「……ごきげんよう」
 明るい笑顔でロザリアが返す。
 けれど。
 ジュリアスは何も言わず、ただじっとロザリアを見つめていた。
 エア・カーはそのまま再びすぅっと浮き上がり、飛空都市の夜空へと上がっていった。