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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆38

 「……笑っていた、ですって?」
 思わず手を止めてロザリアが言う。
 「おう」もうすっかり片付いたベッドの上に足を投げ出して座るとゼフェルは、コラから出された水をぐいっと飲んで続ける。「おめーが、ばーさんに、いつまでもグジグジしてんのは嫌だから、さっさと泣き止んで手を動かせって言ったとき」
 「んまぁ……」コラもまた、荷造りの手を止めて不満げに声を漏らす。「私、必死でしたのに」
 「相も変わらずわたくしが強情っ張りで、きつい態度しか取れないことを知っているから、思わず笑ってしまったんでしょうよ」
 そう文句を言いながらも、ロザリアが少しも不機嫌ではないことに気づいてゼフェルは苦笑する。
 「まあ……そういう笑いも多少は含まれてたかもしれねーけどな」
 「あら」ベッド際に来るとロザリアは、ゼフェルを見下ろして尋ねる。「では他には何が?」
 「『イサギヨイ』って呟いてたぜ」
 「潔い?」
 そう口で言ってみてからロザリアは、はっとして何かを思い出したようだった。 「そう言った後すぐ、オレを寮の外へ引っ張り出して、おめーを送るよう言ったってわけ」
 「そうでしたの……」
 ふっ、と微笑んで頷くとロザリアは、またすぐ荷造り作業に入った。
 何か……納得したらしいな。
 エア・カーを出してもらえるだけで充分、そのベッドの上にでも寝転がっていてくださいな、と言われ、今は素直に言うことを聞いておくことにしてゼフェルは、ゴロリと横になりつつ、細かな物を丁寧にバッグへ詰めていくロザリアを見ていた。
 どうも、こいつとジュリアスだけに通じる『符合』みたいなモンが存在するようだ。
 それまでは険しい表情でロザリアとコラの話を、寮の廊下の陰で聞いていたジュリアスが、そこで不意に笑った。そして「潔いな」と呟いて、ゼフェルの腕を引いた。
 ゼフェルは、その後のジュリアスとのやりとりを思い出す。



 「ジュリアス!」
 いったい何から−−疑問と文句と提案と−−いったいどれから言ってやろうかと思いつつゼフェルは叫んだ。けれど、ジュリアスはそれには答えず、引っ張っていた腕の拘束を解くと、真っ直ぐゼフェルを見据えた。そのあまりの視線の強さに、ぐっ、と言葉に詰まったゼフェルが次に見たものは、自分に向かい深々と頭を下げるジュリアスだった。
 「頼む、ゼフェル」
 「な……何してんだよ、ジュリアス!」
 唐突な行動に面食らってゼフェルが叫ぶ。
 「ロザリアを……あのエア・カーで今すぐ主星の家まで送ってやってほしい」
 「……何だと?」
 「星に力を与え続けて、そなたがとても疲れていることは重々承知だ」
 「ンなもん、てめーもだろうが!」
 「私のこの願いが、陛下や他の守護聖たちに無断で下した判断であることも」
 「それは……そうだけど」
 その点については、ゼフェルですら口ごもってしまうような事柄ではあった。
 だが。
 「……この際、そんなこたぁ、どうでもいいんだ!」すぐ言い返してゼフェルは続ける。「ジュリアス……それでいいのか?」
 「ロザリアは他に為すべきことを見つけたからな」
 「……『お家再興』ってヤツかよ」
 「そうだ」
 「苦労するぜ……きっと」
 「……そうであろうな」
 「あいつ、まだ十七の小娘だぜ? そんなことより聖地<こっち>にいた方が」
 「確かそなたも同じ年頃だったな」
 「オレのことはどうだって」
 カッとしてゼフェルは文句を言いかけたものの、一転してジュリアスが穏やかな表情で自分を見ていることに気づき、言葉を呑み込んだ。
 「不思議だな……そなたが言うのか? 聖地を最も嫌がっていたそなたが」
 そしてゼフェルからすっと視線を外すとジュリアスは、まるで唱えるかのように続ける。
 「私は、ロザリアが女王にならなかったことで人生を台無しにしたとは思わないし、女王候補として飛空都市で過ごしたことは無駄であったとも思わない。確かに、一歩外へ出れば、そう……二十年近くは経っていることになる。彼女の父親も高齢になり、友人たちも自分の倍以上の年齢になってしまっていて、世間の様子もずいぶん変わってしまっているだろう。けれど、飛空都市で得たものも多く、これからのロザリアの人生に大いに役立つはずだ。どのようなことであれ、無駄なものなど、ないのだ。それに」
 再びゼフェルを見ると、ジュリアスは言った。
 「ロザリアが決めたことだ。いったん口にしたことを、そうそう覆す娘ではないからな」
 その言葉にゼフェルは、ジュリアスとロザリアのつながりの強さを改めて実感する。けれどその『つながり』とやらはいったい、どういう質のものなのかがゼフェルには相変わらずわからない。
 だから、もう少し直截的な言い方をしてみることにした。
 「ジュリアス、あんた……ロザリアを手放して……いいのかよ?」
 少し落ち着いたせいもあり、声を抑え、ゼフェルは問う。
 オレは見たって言ってるだろーが。
 オレは知ってるんだ。
 そんな、いかにもわかったよーな、理解者ぶったよーな言い方してっけど、本当はロザリアのことが。
 「ロザリアは、ロザリア自身のものだ。ましてや、私のものなどではない」
 奇しくもロザリアも、同じことを言った。
 −−ジュリアスは関係ないわ!
 −−わたくし! このわたくしが選んだことよ!
 でも。
 「でもあんたが手を差し伸べたら、ロザリアだって」
 ふっ、とジュリアスは笑った。
 「……そなたは意外と……親切なのだな」
 真っ正面からそう言われ、ゼフェルは思わず「げっ」と言って後ずさった。
 「な、何言ってんだっ」
 「私がロザリアをどうしてやれるというのだ? アンジェリークに話して補佐官にしてもらうとか、立場を利用して女官や王立研究院に入り込ませるのはたやすい。けれど、ロザリア自身がそれを望んではいないのだから」
 「そうじゃなくて!」
 「ならば、何なのだ?」
 ゼフェルは一瞬、呆然とした。
 バックレてんのか?
 それとも……本当に自覚してねーのか?
 「もう……ロザリアとは会えなくなるんだぜ?」
 だが。
 そうゼフェルが言ったときのジュリアスの言葉に、ゼフェルは心底驚かされた。
 「何を言う。八月には会える」
 そして一瞬考えた後、付け加える。
 「……ああ……ただし、今度はおそらく即位の儀の前後だから行けない。それに次はたぶん……返上する」
 「返上?」
 その問いには答えず、ジュリアスは告げる。
 「だから、その次の八月には会える−−はずだ……ロザリアが私を見切らぬ限りはな」