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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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あなたと会える、八月に。

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◆39

 エア・カーの荷台にトランクを詰めるとゼフェルは、バンッとそれを勢いよく閉じた。
 「本当に……ありがとうございます」
 「ンなこといいから、さっさと乗れよ」
 口の悪さはここに至っても変わらない。けれど、長期に渡る星々からの力の望みの確認およびその供給、そして宇宙の移行という、大変な務めを終えたばかりのゼフェルに、自宅へ送らせること−−しかも他の人々には挨拶抜き、ほとんど脱走のような形で出ていく自分に荷担させてしまうこと−−に対し、ロザリアは心底申し訳なく、そしてありがたく思っていた。
 ロザリアが後部座席に乗り込もうとしたところ、ゼフェルが運転席を指さした。
 「少しだけ、運転してくか?」
 「まあ……譲ってくださるの?」
 「……せっかくだからな」
 ふふ、とロザリアは笑った。ゼフェルの粋な心遣いは嬉しかった。
 「本当は思い切り飛ばしたい気分なんですけど……飛空都市にいる間はやめておきますわ」
 その代わり、「せっかくですから」と助手席の方へ乗り込むとロザリアは、微笑んだまま続ける。
 「わたくしがエア・カーを運転するのを見ると心臓に悪い、と言う人がいますから」
 そこで、運転席に腰掛けたゼフェルは、フフンと鼻で笑った。
 「……言ったのは、ジュリアスか?」
 わざとらしく肩をすくめてみせて、ロザリアは頷く。
 「まあ……飛空都市にいる間ぐらいは言うことを聞いて差し上げようかと」
 「けっ、過保護な奴!」
 悪態をついて笑い飛ばすとゼフェルは、ふと思い出したように言った。
 「なあロザリア」
 「はい?」
 「おめー確か、女王試験の前にエア・カーをかっ飛ばしてどっかへ行ったって言ってたな」
 ロザリアは苦笑する。
 まぁ、よく覚えていらっしゃること。
 「……十六歳の八月……でしたわ」
 ジュリアスに会いに行った、とまでは言わなかったけれど、今はもうゼフェルにもわかってしまうことだった。
 「嵐の中、飛ばして来たんじゃ、確かに心臓にわりーよな」
 そうしてゼフェルはさりげなく、しかし確実に核心を衝いてくる。
 「……心配……してくれたのでしょう」
 それは、確かだ。
 「幼い頃から何かと気にかけてくれていましたから……妹のように」
 それも、確かだ。
 今も、あのときのこと−−妹のように、という言葉−−を思うと胸が痛むけれど。
 「『あれから一年』てか」ゼフェルは呟くように言う。「一年経ちゃ、いろいろ変わるわな」
 「え?」
 だがゼフェルはそれ以上何も言わず、エア・カーを起動させた。
 ロザリアは、浮き上がったエア・カーから寮を見下ろす。照明の光で見える聖殿や王立研究院に公園、そして夜目にもこんもりと茂った様子がわかる森や、その近辺にある湖や滝あたりも眺めた。
 そう……あれから一年。
 もっとも、飛空都市で生活するようになってから実際にはまだ一年も経っていない。だからロザリアは十七歳のままだ。けれど、ここから一歩出ればそこは、確実に二十年近くの時が流れてしまっている。頭ではわかってはいるものの、何だかとても不思議な気がした。
 「あの……ゼフェル様」
 「んー?」
 前を見たままゼフェルが返事する。
 「申し訳ないついでに、もうひとつだけ、お願いを聞いてくださいますか?」
 そう言いながらロザリアは、後部座席にいるコラから細長い箱を受け取った。
 「何だ?」
 「これを……ジュリアス……に渡していただけませんか」
 もう無理してジュリアスに敬称を付けるのは、ゼフェルの前では勘弁してもらうことにしてロザリアは、女王候補以前のときのようにジュリアス、と言った。
 ゼフェルはエア・カーを空中に停止させると、ロザリアの持っている箱を見た。
 「……これは?」
 不機嫌になるかもしれない、と思いつつロザリアは、ゼフェルに託すしかないのだと思い直し、言った。
 「……誕生日のお祝いです」
 言うなり『なんで、そんなモン、このオレが!』という声が響くかと思ったけれど、意外なことにゼフェルは、黙ったまましばらくその箱を見つめている。
 「ゼフェル様……?」
 くっ、とゼフェルは笑った。
 「よりによって、このオレにジュリアスの誕生日祝いを預けるたぁ……皮肉なモンだな」
 「え?」
 「……いいぜ、渡しとく」笑ったままゼフェルは頷いた。「どうせ、おめーを送ったら報告がてら会うんだし」
 報告がてら会う、というゼフェルの言葉が、ロザリアには酷くうらやましく感じられた。
 できることなら……もう一度、会いたかった。
 ゼフェルだけ残し、ジュリアスは聖地の宮殿へ帰ってしまった。首座というジュリアスの立場を思えば仕方のない話であり、望んではならないことだった。
 それでも。
 ひと目、だけでも。
 「……わかんねーな」
 横でぽつりとゼフェルが言う。
 「なんでおめーは主星に戻るって言って、ジュリアスはオレにおめーを送れって言うかなぁ」
 「ゼフェル様……?」
 「一緒にいてぇんだろ? ホントはよ」
 あまりにも単刀直入過ぎて、ロザリアは思わず笑ってしまった。
 「……そうですわね、でも」目を細めロザリアは、まるでそこにジュリアスがあの海を背景にして立っているのを見るかのようにエア・カーの窓の外、遠くを望む。「八月に会えますから」
 「八月に会える、か」ゼフェルはそう言って目を閉じ、ため息をつく。「そんなんでいいのかよ、ジュリアスにとっちゃ、たかだか二週間毎の楽しい休暇でも、おめーには長い一年だろうが」
 そう言ってしまってからゼフェルは、「ちっ」と小さく舌打ちすると頭をガシガシと掻いた。
 「すまねー、言い過ぎた」
 そうだ。
 そのようなことは、ゼフェルから言われずともわかっている。けれどロザリアはそれを咎めるつもりは全くなかった。それどころか。
 「ゼフェル様」
 ロザリアは顎を引き、すっと両手の指を膝の上に揃えると頭を下げた。
 「ありがとう……ございます」
 「げげっ、なに言ってんだっ! 礼なんか言われる筋合い、ねーぞ!」
 「わかってくださる方がいると思うと、何だかわたくし、嬉しくて」朗らかにロザリアは笑う。「でもどうか心配なさらないで。『たかだか二週間毎』の人にはわたくし、きっちり嫌がらせしていますから」
 「へ? 嫌がらせ?」
 「この箱の中……ジュリアスへの宿題なんですの」
 「……宿題だと?」
 「ええ」
 明るい表情のまま頷くと、ロザリアは告げる。
 「今度、八月に……会えるときまでの」