瀬戸内小話3
垂乳根
その日、元就は誰も部屋に近づけるなと言い残し、自室に篭もった。
時折ある主人の言いつけに、毛利の者は諾と頭を下げる。
篭もったところで長くて数日。
食事すらいらぬと篭もる人でも、最低限の食料、たとえば餅であったり落雁であったりを部屋に用意させるので、家臣一同、主人が出てくるまでは待つのが通例だった。
「ですので、元親殿。殿の元にはお通しできません」
四国から来た客人を出迎えた隆元が頭を下げる。
なんとも複雑な顔でそれを聞く鬼は、溜息を吐きながら頭を掻いた。
「……相変わらず、難儀なお殿様だな」
何気に人嫌いな人物と言うのは知っているが、いい歳をして部屋に篭もるとはどんな引きこもりだ。
過分にその心情が表に出たのだろう。隆元が困ったように笑う。
「父は、弱味を見せたがらないんですよ。動物と一緒で」
「嗚呼、なるほど」
つまりは、傷ついた動物が身を隠して傷を癒すのと同じように、ひとり篭もって傷を癒すと言うわけか。ただ、この場合は。
「……怪我したわけじゃねぇよな?」
「はい」
頷く息子に、やれやれとまた頭を掻く。
「らしくねぇな」
呟いて、しかし、と思う。心根が弱いとき篭もっているのだから、元親自身が見てきた元就は、強くて当たり前ではないか。
頭を廻らせ、彼の人が篭もる館を見る。そこからは何も見えないけれど。
「ところで、隆元。俺が勝手をしたら、あいつは怒ると思うか?」
視線を戻し問い掛けると、察しのいい相手はまた困ったように笑った。
「……怒ったほうが、元気が出て良いかも知れません」
でも、と続く言葉は自分は何も聞いていません。保身をしっかりする点は、毛利家で上手に生きていくこつらしい。
からりと笑って、歩き出す。その元親の背後で、隆元が深々と頭を下げた。