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瀬戸内小話3

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大きな手、小さな手



 咄嗟に伸ばされた白い手が、空を掻く。
 掴みそびれた宝物は、放物線を描き、紺碧の中へと消えた。

 絶望した面だけを、強烈に残して。



「――っ!」
 悲鳴と叫びとが入り混じった絶叫と共に、布団を跳ね除け、文字通り飛び起きる。
 じっとりとかいた汗が、夜着をひどく濡らしている。
 夢、なのだと、まだ明けぬ夜の闇が教えてくれるが、それが夢見の悪さを癒してくれるわけでもない。
「……アニキ? 大丈夫ですか」
 襖の向こうから、控えめな声が掛かる。先ほどの声で、どうやら起こしてしまったらしい。
「あ、ああ。すまねぇな、ちょっと夢見が悪くてよ」
「ならいいんですが。何かお持ちしますか?」
「いや、かまわねぇ。お前も寝てくれよ」
 本当は、この夜着と褥とを変えてしまいたかったし、冷え冷えとした水も欲しかった。だが、それを頼むには、気が引けた。
 帯を解き、乾いたままの裾や袂で身体を拭い、投げ捨てる。水差しから温い水を飲むと、内庭に面した襖を開ける。
 湿り気を帯びた風は心地よくはないが、それでも少しばかりは鬱気が晴れて息を零す。

「……たまんねぇな」
 何故、そんな夢だったのかと問われても分かるはずもない。
 ただ、己と己の前にもうひとり。場所すら分からない場所に立っていた。もしかしたら崖だったのか、それとも船先だったのか。
 伸ばした手は白い手を掴むことが出来ず、結果、彼は死んだ。
 絶望と恐怖とが張り付いた、氷の面。それは現実では決してありえないだろう、彼の顔。
 夢だというのに、彼は現世の己を酷くなじる。 何故助けなかったと、非力を責める。

 ――だから言ったのだ。貴様の手に掴めるものは、無限ではないと。

 奢るな、慢心するな、覚悟せよ。
 繰り返される言の葉は、常に拒絶と自覚を促す。
 自由気ままに海を渡るその裏で、支える四国の者があるということを。
 だから、中国になぞ気にかける余裕などないだろう、と。

 夢の中の男の顔が、酷く滲んだものになる。
「……分かってる。分かってるから、止めてくれ…」

作品名:瀬戸内小話3 作家名:架白ぐら