瀬戸内小話4
梅雨
軒から見上げる空は薄暗く、今にも雨粒が落ちたきそうだ。
すっきりとしない天気の続くこの季節はどこか憂鬱で、こちらの気も晴れないと溜息をつく。
雨も適度に降らなければ困るのは道理で、それについて天に文句を言う気はない。だが、嫌いなものというものはある。
「お、休憩か?」
板を踏み鳴らしながら、男が歩いてくる。
手には盆。休憩と問いかけて来るのも馬鹿らしい、休憩をとらせに来たのであろう。
返事をせずに庭に視線を落とせは、慣れた男は側で胡坐を組む。
吹き抜けていくぬるい風は、湿り気を帯び、不快さばかりが募る。
「なあ、元就。見ろよ蝸牛だ」
男が庭の一角で咲く、紫陽花を指差す。
「……そのようなもの、珍しくもあるまい」
「そう言うな。こいつらが出てきたってことは、そろそろ雨が降るぜ。お湿りが恋しいころだからな」
主人格のこちらを差し置き茶を啜る男は、楽しげに笑う。
誰よりも太陽が好きそうな男だというのに、奇妙なことだ。
「貴様は……雨が恋しいのか?」
「ん?嫌いじゃねぇぜ。アンタと違ってな。雨には雨の風情がある」
それに、と、人の視線の前で、好物の大福を齧って見せる。
本来、男は甘いものなどそう好きではない。なのに食べて見せるその態度は、食いたければ座れという無言の指図。
癪に思いつつ隣に座れば、齧りかけのそれを突き出される。
「いまの庭は、雨によくあうのさ。濡れた女が色っぽいのと道理は一緒だ」
「……任せてはあるが、勝手に艶かしく作るな」
溜息ひとつ。齧りかけの大福を食むと、銀の粒がひとつ、紫陽花の葉を叩いた。